ラフカディオ・ハーンが生まれた島・レフカダ島

イオニア海に浮かぶレフカダ島は、小泉八雲ことラフカディオ・ハーンの生誕の地。彼のラフカディオという名前は、この「レフカダ」という島名にちなんでつけられた。ハーンが生まれたのは、イオニア諸島がイギリスの支配下にあった185 […]

03/27/2013

イオニア海に浮かぶレフカダ島は、小泉八雲ことラフカディオ・ハーンの生誕の地。彼のラフカディオという名前は、この「レフカダ」という島名にちなんでつけられた。ハーンが生まれたのは、イオニア諸島がイギリスの支配下にあった1850年6月27日、父はアイルランド出身の軍医、母はキティラ島の名家の娘であった。ハーンは2歳でイギリスへ移り、19歳で単身アメリカへ渡った。1884年ニューオーリンズで開かれた万国博覧会の日本館で初めて日本と出会ったハーンは、以来英訳の『古事記』を読み、日本の神話や民話に強い関心を持った。やがて雑誌社へ日本旅行記の執筆の企画を持ち込み、ジャーナリストとして来日が決まったのだが、船上で同行のカメラマンの方が自分より報酬が高いことを知り、出版社との契約を破棄。単身日本へやってきたハーンは、幸運なことに松江に中学教師の職を見つけ、その後日本に帰化して家族を作ることになったのだった。
レフカダの港にある通称”詩人公園”には、レフカダ島が生んだ近代国民詩人たち – バラオリティス、シケリアノス、ディプラ・マラウムの胸像に並んで、その片隅にラフカディオ・ハーン像も立っている。1976年の彼の誕生日に、ハーンとゆかりの深い新宿区と松江市から寄贈されたものだ。無垢な視点と優れた観察力によって日本の生活をみずみずしく描き出したハーンの文学は、航海に漕ぎ出すギリシアの海のように、場所と時代を超えていっそう輝きを帯びている。