見知らぬ、世界|世界の郷土菓子をめぐる自転車旅 004

あの時の僕はこれっぽっちもクロアチアを知らなかった。人のことも文化のことも、歴史のことも。なにしろ首都ザグレブの名前すら初めて聞いたくらいだったから。到着時刻の夜9時から宿を探し始めるのは心細かったけれど、僕はかすれた街 […]

07/14/2015

あの時の僕はこれっぽっちもクロアチアを知らなかった。人のことも文化のことも、歴史のことも。なにしろ首都ザグレブの名前すら初めて聞いたくらいだったから。到着時刻の夜9時から宿を探し始めるのは心細かったけれど、僕はかすれた街灯が立ち並ぶ住宅街へ自転車を走らせた。「うまくいきますように」。門や車だけではなくて、庭の木が整っているか、壁が汚れていないかを判断材料にして、なるべく幸せに暮らしていそうな家の呼び鈴を鳴らした。玄関から顔を出した男性はクロアチア語で書かれた自己紹介用のスケッチブックを一瞥すると、「とりあえず上がっていきな」と英語で言って僕を招き入れてくれた。言葉が通じることにホッとした。それにしても1軒目でいきなり成功するなんて、スイスとドイツの旅を通して家探しのアンテナが磨かれてきたのかもしれない。
4人家族が住めそうな一軒家に、男性はひとりで住んでいた。彼はソファーに腰かけると、僕のために白ワインを1本開けてくれた。クロアチアの市場ではコカコーラのペットボトルに自家製ワインを入れて販売している。透明の液体が入ったコーラのボトルというのは、ちょっと可笑しな感じがした。ソーダで割ってジュース感覚で飲むのがクロアチア流。彼の注いでくれた冷えた白ワインを口にしているうちに、次第に緊張がほぐれて気持ちがスッキリとしてきた。彼はクロアチア文化を語り、僕は旅の経緯を話した。自転車旅のことを聞いても彼は特別驚いた顔をしていなかったけれど、会話の途中でふと思い出したようにクロアチアの食べ物を紹介してくれた。「チェヴァプチチって名前なんだ。まだ店が開いてるはずだから行こうぜ」と急かされるがまま夕食を食べに夜の街へと繰り出した。教えてもらったのは郷土菓子じゃなくてファーストフードだったけれど、彼なりに自転車旅の手助けをしようとしてくれたんだろう。出汁の染み込んだピタパン、ミンチ肉、そしてカイマックという濃厚なクリームがマッチしていて美味しかった。ザグレブへ来た当初の不安を他所に、初日の夜はとても温かい時間を過ごすことができた。
次の日から本格的に郷土菓子探しを開始した。まず最初に足を運んだのは街一番の有名店。ショーケースにはクロアチアを代表する郷土菓子のクレムシュニッタが並んでいる。カウンター越しに店員さんと自転車旅の話をしていると、別室に呼んで3種類のお菓子を紹介してくれて、しかも「明日クレムシュニッタを仕込むから見においでよ」とお誘いまでしてくれた。これは願ってもないチャンス。その夜楽しみで熟睡できなかった僕は、あくる朝約束の時間より少し早く店に到着した。コックコートと帽子と靴カバーを借りて厨房に入らせてもらうと、さすがは有名店だけあって厨房が広い。それに材料の量が半端じゃない。若手の男性とふくよかな女性が2人掛かりで巨大なボウルを抱え上げて、数千人前のクリームを仕込んでいる姿は迫力があった。見慣れないものが多くて興奮する。しばらくすると社長がやって来て厨房内を案内してくれた。「隣町のサマボルがクレムシュニッタ発祥の地で、向こうではクリームをパイ生地でサンドしているんだ。ザグレブでは上面をチョコレートでコーティングしている。うちのもそうでしょ、ほら」と付きっきりで説明して回ってくれたものだから、ずいぶんと良心的だなと思った。
ここクロアチアにはバカンスの時期になるとヨーロッパのあちこちから人が集まってきて、スプリットやザダルといったリゾート地で休日を過ごしていく。そんな素敵な街には、素敵な郷土菓子があるに違いない。僕はザグレブを離れて、アドリア海を目指して南下することにした。僕は最高のルートを探そうと、グーグルマップを頼りに海までの最短コースを選んだ。それが最低のルートだとは気付かずに。すぐに長い上り坂が待ち受けていた。40kgの荷物を積んだ自転車を漕いで上れるような生易しい坂ではなかったけれど、早く次の郷土菓子を発見したくてルートを変更せずに進んだ。7月のクロアチアは日差しが強くって、あまりの暑さに体力を奪われながら、ただひたすら下を向いて自転車を押して歩いた。1日では山を越えることができず、山腹にある民家を回って宿泊交渉をした。英語が通じないことが多かったので、スケッチブックに書いたクロアチア語が大活躍した。泊めて下さった人が「この道は主要道路ではないんだよ」と身振り手振りを交えて教えてくれた。そこは車通りも少なければインターネットもほぼつながらない環境だったし、おまけに「お父さんが狩りに出ていて……」なんて話す人までいた場所だったから、幹線道路でないだろうとは大方予想がついていたけれども。それでも、近くの村が山賊に襲われたことがあるんだと聞いた時には、ゾッとした。これからは現地の人に聞いてから道を選んだ方が良さそうだ。結局3日を掛けて山道のてっぺんを越えた。知らぬ間に日焼けでふとももが真っ赤になっていて、ひんやりとした風を受けて走る下り坂が気持ち良かった。ふいに視界が開けた曲がり角で、美しい海が目に飛び込んできた。アドリア海だ。フッと心と体が軽くなった気がして、海を目指してスピードを上げた。
海岸沿いの街はどこもキラキラしていた。一方そこで働く人たちの目は、金儲けのことばかり考えてギラギラしていた。郷土菓子を作る人なんてほとんどいなくて、みんな観光客向けにアイスクリームばかり売っていた。何だか想像していた光景と違う。それでも街を隈無く探せば素敵な出会いはあるもので、郷土菓子を求めて飛び込んだレストランで、ロジャータという名の伝統的なクロアチアプリンを見つけた。ロザリンというバラのリキュールを使ったそのプリンは、食べれば口いっぱいに独特な香りが漂う大人の味がした。”観光客価格”が高すぎてひとつだけしか注文できなかったけれど、それでも記憶に深く残るほどロジャータは味わいある一品だった。レストランを出る頃には日暮れが近づいてきていたので、僕はふらっと辿り着いた町で宿泊することにした。そこは点在する古民家以外には何もない小さな小さな町だった。試しに立ち並ぶ民家を訪ねて回ってみると、スケッチブックを一目見るなり出てくる言葉は「●●ドル! ●●ユーロ」とお金の要求ばかり。僕は面食らってしまった。「ここでは宿泊のお礼に和菓子を作って差し上げるような温かい交流は難しいかもしれないな」と、滞在先探しを諦めて野宿をすることにした。お金中心の交流からはやっぱり冷たい印象を受けてしまう。「明日は違う土地を目指そう」と寝袋の中で決めて、僕は目を閉じた。家族連れやカップルで賑わうビーチの片隅で丸くなって。夜が明けると隣国を目指すために再び山へと向かった。ゆるやかに、けれども延々と続く山道を漕いで登る。ボスニア・ヘルツェゴビナを目指して。また聞きなれない国が続く。
 
ライター:林周作/郷土菓子研究社
http://www.kyodogashi-kenkyusha.com/
エディター:南口太我