空に消えていく凧 |浜松大凧 1

遠州灘を臨む街、浜松には江戸時代ごろから続く祭りがある。市内の各町が参戦し、長さ1,000m以上の麻糸をつなげた正方形の大凧を揚げて競い合う、浜松まつりだ。この一帯を治めていた城主の息子の誕生を祝って凧を揚げたことが起源 […]

06/25/2015

遠州灘を臨む街、浜松には江戸時代ごろから続く祭りがある。市内の各町が参戦し、長さ1,000m以上の麻糸をつなげた正方形の大凧を揚げて競い合う、浜松まつりだ。この一帯を治めていた城主の息子の誕生を祝って凧を揚げたことが起源とされているが、今では一年のなかで最もにぎわう凧揚げ合戦に成長している。
浜松の凧揚げ合戦では、凧からまっすぐ伸びた何本もの麻糸がぶつかり、絡み合う。観衆は、まるで巨大な星から飛び出したように見える糸を、各町の揚げ手が違う方向に引っぱって争う様子を見つめる。凧を揚げる人々は絡まった凧糸を敵の凧糸にこすりつけ、摩擦で焼き切ろうとする。糸を切られた凧は、上空を泳ぐ無数の凧の群れを離れ、地面に叩きつけられる。凧糸が乱暴にこすれ合って焦げた麻のにおいが漂い、やがて糸が切れる。各町の組長たちが指示を出す大きなかけ声が響き、いつまでも繰り返されるトランペットの演奏―凧揚げ合戦のBGMである―のテンポが速まるなか、喧騒は激しさを増していく。浜松凧の会会長の内山富司は今年、71歳。内山が1980年代に凧揚げ合戦に出たときの写真を見せてくれた。写真のなかの内山は、片足に体重をかけて身体を傾け、凧糸を引っぱりながら空高く揚がった凧を操っていた。「凧揚げでは本当に体力を消耗します。10分やったら、休憩しないと」と内山は話す。市内の各町が毎年5月に凧揚げ会場に集結し、和紙と竹でできた正方形の凧を使って競い合う凧揚げ合戦は、いくつもの要素が複雑に重なった祭りである。内山によると、この祭りには450年以上の歴史があるという。一帯を治めていた引馬城主の長男、義廣公が誕生したときに、巨大な凧を揚げて祝ったことから始まったとされている。凧揚げ合戦では現在も初凧(長男の誕生を祝って揚げる凧)を揚げているが、祭りは熱い地元愛を表現する、市民をひとつにまとめる行事ともいえる。内山が経営する工場の壁一面には、内山が日本中から集めた凧のコレクションが飾られている。「凧づくりを始めたのは42歳のときでした」と内山が自作の凧を持ち上げながら言う。天井まで届きそうな巨大な凧だ。貼られた和紙に光が当たり、竹製の骨組みが透けて見える。「竹を削ってこの直径3mmの骨をつくるのがいちばん難しい作業です」。内山はそう言いながら、凧づくりの工程を実演してくれた。交差した竹の骨を麻糸で縛り、骨組みに糊を塗って美濃大判紙を貼り、表面に各町のシンボルマークである凧印を描く。彼にとって大凧づくりは、技能でも伝統工芸でもなく、執念のようなもの。7歳の頃から、その魅力に取り憑かれていたという。「眠くなってうとうとすると、いつも凧揚げの祭りのトランペットの音が聞こえてきます。耳のなかにすっと響いてくるんですよ」
内山富司
浜松凧の会会長。三和町の凧制作を牽引しながら、浜松まつり会館でのイベントや全国各地の凧揚げイベントに積極的に参加する。
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