目利きのプロデューサー・中原慎一郎さんと行くベイエリアの旅

いつも何か、新しいことが胎動している街、サンフランシスコ。そんなイメージは全米の住民だけでなく、世界中の旅人にも定着しているといっていい。発端はやはり、60年代の特異なムーブメントにあっただろう。ベトナム戦争に反対の意を […]

05/05/2015

いつも何か、新しいことが胎動している街、サンフランシスコ。そんなイメージは全米の住民だけでなく、世界中の旅人にも定着しているといっていい。発端はやはり、60年代の特異なムーブメントにあっただろう。ベトナム戦争に反対の意を唱えるヒッピーたちは「武器より、花を」を旗頭に、この地へ大挙集結。フラワーチルドレンと呼ばれた彼らは驚くほどのスピードで同志を増やしながら、全米中に蔓延する重苦しい空気を少なからず変えていった。そんな機運もおおいに手伝って、まばゆいばかりの創造者たちがこのエリアを拠点とし、クリエイティビティの可能性を追求し始める。地元ヒッピーの象徴的存在、ジャニス・ジョプリンに、ビート文学の中核を担ったアレン・ギンズバーグ、さらには先鋭的な心理学者、ティモシー・リアリーなどなど。彼らが放つ言葉や音、掲げる思想は、大勢の同胞を集める起爆剤ともなり、サンフランシスコ・ベイエリアにはきわめてユニークなコミュニティが爆発的に増殖していった。
少し乱暴にいえば、ここはアイデアと創造のもと、磁石に吸い寄せられるかのように人が集まってくる土地。僕らはそんな部分にあらためてフォーカスし、今回の旅を進めていった。ナビゲーターの中原慎一郎さんも、この土地の空気、街にこもる情熱にやられてしまったひとり。インテリアデザインから空間設計、飲食業の展開、イベント運営などを幅広く手がける中原さんにとって、アメリカ西海岸、とりわけサンフランシスコは刺激的な場であり、訪問のたびに多くのものを得るという。
「以前は家具などのモノを買いつけるために来ていたんですけど、最近はマインドを学びに来ているんだなとつくづく感じますね。多いときには月に一度、サンフランシスコに来ていますが、毎回、異なる出会いとか新たな発見がある。自分が今、やろうとしていることに、じつに多くのヒントをくれる場所なんです」
中原さんが運営する会社の名「ランドスケーププロダクツ」は、“景色をつくる”という意味を込めてつけられたとか。関わるすべての会社や人の景色をよりよく変えていくため、ジャンルに捉われない活動を展開している。言ってみれば、モノとコト、ヒトとヒトをつなげるのが中原さんの主な仕事。そこで必要となる感性は、サンフランシスコを訪れることでおおいに磨かれたという。
「たとえばここで見つけた家具を日本に輸入して、これを手にした人の見える風景が良くなるとしたら、そうしてみたいと思う。あるいは、日本にいる職人をサンフランシスコの人たちに紹介してその周辺にいい空気が流れると思えば、僕がその橋渡しになる。こういう仕事なので、どこにおもしろそうなヒトがいて、どれほどユニークなモノをつくっているかといったことが非常に気になるんです。そこでカギとなるのはやっぱりコミュニティという概念なんですよね。古くから、サンフランシスコで興味深いビジネスやカルチャーが生まれる理由は、コミュニティを大切にするという人々のマインドが大きく影響していると思う。たとえばアイデアを秘密にしてひとりで育てていくんじゃなく、さまざまなヒトと共有できるようコミュニティを形成しながら、自分でも想像できないほど大きなものに変えていく。この精神性は独特だし、学ぶべきものが多いですよね」
そんな会話を交わしながら、中原さんが関わってきたユニークな企業をいくつも巡った。行く先々で聞こえてくるのは、やっぱりコミュニティというキーワード。企業秘密のようにも思えるアイデアや技術をワークショップなどで広く公開してしまうなんていうのも当たり前。驚くほどオープンな彼らのマインドこそが、強固なコミュニティのエネルギーとなって、そのブランドやビジネスを活性化させているようだ。
「うちの会社はBe A Good Neighborというコンセプトを掲げているんですが、まさに手本となるようなコミュニティがここにはたくさんある。まずは自分が良き隣人になることで、周囲を巻き込みながら“善”の連鎖が生まれていくっていうかね。たとえビジネスでも、お金だけを目的に殺伐とした競争をしていくっていうことでは全然なく、プロセスを楽しみながらあらゆることをシェアしていこうという懐の深さ。そういう考えのほうが、むしろ物事はうまくいくってことをサンフランシスコの人たちはわかっているような気がしますね。たとえば職人さんに聞くと、いい焼き物をつくろうと考えすぎても、決していい完成形にならないと。狙いすぎるとさまざまな欲が出て、スムーズに進むはずのプロセスを邪魔してしまうというんです。考えを、ヒトやコミュニティと共有するということは、そこに予期せぬハプニングが生まれるということでもある。そのハプニングに期待しながら、どのタイミングで受け入れていくか。サンフランシスコではこうした感覚に優れた人と多く出会えるし、共鳴できる部分がたくさんありますね」
さまざまな創造がノンストップで躍動するこの街で、近年、きわめて活気づいているジャンルのひとつがフードカルチャー。ベイエリア中にハイクオリティなレストランがひしめき、人気店では毎夜のように長蛇の列が連なっていた。地元の酪農家や乳製品会社、ウイスキー蒸留所の質もきわめて高く、創造性豊かなシェフやレストランとの連携によって次々と画期的な料理が生み出される。アメリカ人は味オンチなんていうのはまったくの迷信だし、この地は近年で急速に進化した、全米でも屈指のグルメシティなのだ。ここまで「食」が発展した理由について、中原さんはこんな持論を展開してくれた。
「腕のいい料理人だけでもいい料理はできないし、食材だけあってもいいレストランは生まれない。やっぱり両者がうまくつながるようなコミュニティのおかげなんですよね。それに飲食関連の人って、美味しいものならジャンルに関係なくとにかく食べたいっていう自由さをもっているでしょ。見たことのないものを見てみたいとか、食べたことのないものを食べたいという欲求。この土地にもともとあるクリエイティビティがそういう欲とつながって、おもしろいことが起こっているという状況なんじゃないですかね」
今年、中原さんが企画したサンフランシスコでのイベントは、日本の「出汁」をテーマにしてオープニングパーティーだけで700人以上の人を集めたとか。きっとこれをキッカケに、アメリカ流の出汁がどんどん開発され、日本では味わえない料理が数多く登場してくるだろう。オープンマインドだからこそ生まれるアイデアと、ぐんぐん育つ創造力。60年代から現代まで少しも変わらぬこの土地の幸福な連鎖が、目の前に出された極上の料理からたしかに感じとれた。
 
中原慎一郎 | Shinichiro Nakahara | プロデューサー
鹿児島県生まれ。オリジナルの家具を扱う「Playmountain」や、コーヒースタンド「BE A GOOD NEIGHBOR COFFEE KIOSK」など、カテゴリーに縛られず、ショップやイベント、ムーブメントをプロデュースする「ランドスケーププロダクツ」の代表。ユニークな人とモノ、事象を求めて、頻繁にサンフランシスコへ通っている。
 
» PAPERSKY #47 San Francisco | Good Company Issue