石に魅入られる|雨宮嫡太郎|雨畑硯 2

硯は日本の書の歴史に欠かせないものである。また、日本の精神的歴史を体現する瞑想の道具でもある。「純粋で、真実に近いものを書きたいなら、心がきれいでなければなりません。硯でおもしろいのは、自分を見つめ直す道具になるところで […]

09/12/2011

硯は日本の書の歴史に欠かせないものである。また、日本の精神的歴史を体現する瞑想の道具でもある。「純粋で、真実に近いものを書きたいなら、心がきれいでなければなりません。硯でおもしろいのは、自分を見つめ直す道具になるところです。彫刻作品と呼んでもいいと思います」。ござの上にあぐらをかいているのは雨宮嫡太郎。雨端硯本舗の13代目職人である彼は、工房のコンクリートの床に座って、硯づくりにかける思いを聞かせてくれた。雨畑地区からひと山越えたところの村にある家が雨宮家の住宅兼工房である。雨宮一族は500年以上前から、石を削って硯をつくることを生業としてきた。目が大きく微笑みを絶やさない雨宮摘太郎は、この仕事に全身全霊で取り組んでいる。けれども彼は、硯づくりの伝統を変えていきたいという。「硯に対する世間の評価を変えたいですね。硯はたしかに工芸品ですが、芸術作品でもあります」。いまの時代には理解しがたいが、日本の書道には昔、きわめて精神的な意味があった。中国の仏教観に倣い、字を書く前に墨を擦るという行為は一種の瞑想であり、禅の精神を体現するものだった。固形墨を擦っていると、知らず知らずのうちに時が過ぎて心が自然のリズムと溶けあい、動く瞑想状態に入っていく。この状態は、硯の見た目と感触によって呼び起こされる。残念なことに、ここ数十年ほどは安価で調達しやすいセラミックやプラスチック製の大量生産による硯が増えてきた。
「いまの人たちは、よい硯の価値も、過去に果たしていた役割も知りません」と雨宮は語る。彼は美術大学を卒業後、1980年代にイタリア人彫刻家に弟子入りしていたことがある。当時は大きな彫刻を手がけており、重い素材に大きな穴をあけたり、軽い素材を組みあわせたりしていた。「最初は硯職人としての名前と彫刻家としての名前を使い分けていました。そのふたつは違うと思っていたので。けれども美術と工芸を分けて考える必要がないことに気づいたんです」。この結論に到達するまでに長い年月が必要だったという。石はすぐに理解できるものではないし、直感的にわかるようなものでもない。なによりも理解されていないのは、石に秘められたさまざまな精神状態を呼び起こす力。これこそ硯の命だと雨宮は言う。ガラスのケースに並んだ雨宮の硯コレクションを見せてもらった。「墨がうまく擦れないような硯もあります。まったく実用的ではないけれど、心を落ち着かせる力がある。その一方で、実用性は天下一品でも、心は落ち着かない硯もあります。物理的な世界と精神的な世界のバランスが大事です」。