アップステートで生まれた東海岸流「EAT GOOD」カルチャーを巡る

元来「アップステート」とはニューヨーク州の北部・中部・西部地域、つまりニューヨーク市とロングアイランドを除くすべての地域のことを指す、ごくゆるやかな呼び名だった。が、ここ数年、ニューヨーカーたちがしきりに口にするアップス […]

08/12/2016

元来「アップステート」とはニューヨーク州の北部・中部・西部地域、つまりニューヨーク市とロングアイランドを除くすべての地域のことを指す、ごくゆるやかな呼び名だった。が、ここ数年、ニューヨーカーたちがしきりに口にするアップステートは少し意味合いが違う。それはほとんどの場合、マンハッタンから車で北へ2時間。ハドソン川の両岸に広がる「ハドソンバレー」一帯を指している。
マンハッタンの西、ハイラインから見えるハドソン川。かつて氷河だったこの大河は、両岸の山肌をえぐり取るように約400km北のアディロンダック山地まで後退し、その途中に美しい渓谷をつくった。それがマンハッタンから約50〜250km北のハドソンバレーと呼ばれるエリアだ。山の養分をたっぷりふくんだ水とそれがつくる肥沃な土壌は東海岸随一ともいわれ、古くから農業や酪農がさかんに行われてきた。アメリカ初のワイナリーがつくられたのも、ハドソンバレーなのだ。
そんな一大農業地域にニューヨーカーの目が向き始めたのは15年ほど前。発端はニューヨーク郊外、ウェストチェスターの田園につくられた「Blue Hill at Stone Barns」というレストランだった。シェフのダン・バーバーはバークレーの「Chez Panisse」出身。食材を自給自足するという農場直結型のスタイルを提案し、東海岸の「Farm to Table」の先駆け的存在となった。
その後、マンハッタンやブルックリンにもFarm to Tableの意識が浸透し、肉や魚、乳製品、ワインなどローカルな食材に注目が集まるようになる。その供給地の代表がハドソンバレーというわけなのだが、ここ数年、ニューヨーカーたちがこぞってそのハドソンバレーに移住を始めているらしいのだ。そしてその多くが20〜30代というから驚く。
「この10年でハドソンバレーエリアの農家の数は約5倍になりました。ほとんどは農業経験のない若い世代で、マンハッタンやブルックリンなどからの移住者たち。アーティストから農家に転身するケースも目立ちます」
と語るのは、ハドソンバレーエリアの食文化を発信する地元フードカルチャー誌『edible magazine』編集長のエリック・スタインマン氏。その大きな要因はブルックリンの地価の高騰だという。15年ほど前、不動産高騰によりマンハッタンを脱出したアーティストたちが、ブルックリンでまったく新しいカルチャーを生み出したのは知られるとおり。それと同じ現象が、ブルックリンから郊外へというベクトルで起こっているのだ。
「都市で根づいたFarm to Tableの意識に加え、若者の間には『自分の手で何かを生み出したい』、『土地に根を下ろして暮らしたい』という、より身体的で実感を伴ったライフスタイルが波及していることもあり、農業に注目が集まっています。最近は移住してくるシェフも多く、農場直結型レストランがスタンダートになりつつあります。ここではもうFarm to Tableという概念は過去のもの。だってテーブルがファームのなかにあるようなものですから」(エリック氏)。
西海岸から端を発し、ポートランドを経て東海岸へ広がったFarm to Tableという一大ムーヴメント(日本でも継続中)。地価の高騰という一見ネガティブな理由で都市から押し出された若者たちが、そのムーヴメントをさらに新しい形で進化させているなんて。さすがニューヨーカー、ポジティブなクリエイティビティからアプローチすれば、農業だってクールな表現手段のひとつになるということを、彼らは身をもって証明しているのだ。
昨今、日本でも郊外や地方暮らしに注目が集まりつつあるが、若者が農業に新規参入する壁はまだまだ厚いと聞く。その壁を軽やかに、かつ人生をより豊かにしながら越えていくアップステートの若手ファーマーの生き方には、これからの農業における新たな捉え方のヒントがあるに違いない。
» PAPERSKY #51 Upstate New York | Farm & Table Issue