ローカルだから見える”グラデーション”
広島県尾道市と愛媛県今治市を結ぶ全長約60kmにもおよぶ「しまなみ海道」。7つの橋で6つの島々をつなぎ、本州と四国を結ぶ自転車専用道路をさす名称でありながら、それと並行して走る西瀬戸自動車道の愛称としても知られる。開通したのは約25年前。現在のように6つの島の人や文化、産物がひとつなぎで往来するようになってからは、わずか四半世紀しか経っていない。島間をつなぐ渡船(フェリー)は今でも活発に運行し、平日の登下校の時間ともなれば歩行者と自転車しか乗船できない渡船に地元の学生たちが列を成し、島暮らしの情緒を生む日常風景のひとつとなっている。
県内に位置する3つの島だ。旅の案内役は、この地域に暮らすタトゥーアーティストのAiと、農家ユニット〈みなと組〉の加藤靖崇(やすたか)と、上原和人の3人。「内にも外にも開かれている場所」をテーマに彼らが選んでくれたお店やスポットをともに巡った。
「この地域の魅力は、地形や地理にある」
そんな言葉を旅の中で何度か耳にしたが、それについてのAiの解説が印象深い。
「尾道は歴史ある港町なので、外からの人を受け入れやすい空気がもともとあるんです。移住者も多いですし、歴史的な建造物を残しながらも、新しいお店もたくさんあります。けっこう流動性のある街なんです。この尾道がしまなみエリアの“街”だとすると、この“街”に対してどんな距離感とペースで暮らすか、そんなグラデーションがあるように思います。例えば、尾道の隣の向島には、島暮らしもしたいし、街も楽しみたいという層が暮らしているように思います。さらに離れて因島や生口島になると、行き来するのに橋代(高速料金)もかかりますし、尾道との往来をそれほど重要視していない。つまり、街に住みたい人は尾道に、街と行き来しながら島暮らししたい人は向島、ゆっくり島暮らしを堪能したい人は因島や生口島を選んでいるように感じますね。生口島はここ数年、瀬戸田の開発でまた少し島のキャラクターが変わりつつありますけど」(Ai)
新旧・内外の文化が交差する街、尾道
近年、世界的にも注目を集める手彫りのタトゥーである“ハンドポーク・タトゥー”のスタイルをもつAi。九州の佐世保出身で、大学への進学をきっかけに尾道に移り住み、現在はスタジオ兼アトリエを尾道の隣の島、向島に構えている。
「尾道市立大学の美術学科に進学したんですけど、入学したての頃は何もかもが嫌で、やりたいことも、生き方も定まっていませんでした。そんなお先真っ暗な学生時代に、シェアハウスに引っ越しをしたことがきっかけで、人生が変わったんです。シェアハウスで、世代も趣味趣向もさまざまな大人たちと交流するようになって、世界は広いなって、まだ私の人生、全然終わってなかったんだって思えました」
尾道では、2007年から歴史あるお寺や路地に囲まれた古い町並みを維持するために発足された「尾道空き家再生プロジェクト」がスタートしている。市民や移住者、地域の学生たちとともに進められてきたこのプロジェクトは、歴史的建造物を保存するだけでなく、古民家をアーティストレジデンスのスペースとして再生させたり、移住者支援、事業者の誘致など、新たに人やお店を呼び込むことで街を新陳代謝させてきた。当時、美大生だったAiは、この活動にボランティアとして参加したことで、自身のターニングポイントとなったシェアハウスとも出合うことになった。
一方で、〈みなと組〉の加藤靖崇は、代々尾道という街で暮らしてきた一家の末っ子として育った。高校時代には地域で活動する大学生や移住者たちとも交流を持つようになった。
「10代の頃から尾道に集まるエネルギッシュな大人たちの話をたくさん聞けたことで、僕の中に反骨心みたいなものが芽生えたように思います。一時陶酔するぐらいに彼らの影響を受けましたけど、その反発とでもいうか、外の世界を見てみたいとも思うようになったんです。憧れていた人たちにも負けないぐらいに、何かを成して、人と違うことをやろうと思うようになりました」(加藤)
その後、加藤は台湾にある國立嘉義大學へ進学。2018年に同大学を中退するまで農業経済学を専攻した。帰国後、独学で農業を学ぶと、しばらくして同世代の仲間と〈みなと組〉を始動させた。
すべてを押し戻してくれる島の豊かな景色
2人組のユニットである〈みなと組〉には、それぞれに役割が存在するという。独自の考えとスタイルで農法を実践する加藤が農業全般の舵を切り、作業そのものは2人で行う。相方の上原の役目はというと、〈みなと組〉の活動の記録係としてビジュアル制作を担当している。上原は向島と生口島に挟まれた因島の出身で、〈みなと組〉の活動拠点もその因島だ。
「カメラが好きなので、仕事以外でもしまなみの風景はよく撮影していますけど、しまなみの自然の特徴は、穏やかさだと思っています。雪を降らすような高い山もないですし、荒波も立ちません。でも、その穏やかさをよく観察していると、刻一刻と変化していて、表情がすべて違う。海でいえば時間帯によって潮の流れが大きく変わりますし、毎日眺めていると自然の繊細な部分に気づけるようになってくるんです」(上原)
この「穏やかさ」という言葉にシンクロさせて、加藤はしまなみの自然の魅力を「安心感」という表現で語ってくれた。
「繁農期になると、僕は心が荒れるんです(笑)。自然相手なので、思い通りにいかないことばかりでイライラしてしまって。でも1日を終えて、海沿いにある自宅の庭先で農具を片付けていると、目の前にはいつも変わらない瀬戸内の海が広がっている。グレートリセットというか、何があっても自分を押し戻してくれるような、いつも穏やかで同じ表情で、母親が持つような安心感みたいな包容力に癒されるんです」(加藤)
街と自然をシームレスにつなげるしまなみ海道
今回の旅で3人が履いたDANNERのスニーカー『TRAIL 2650 MESH GTX』。どんな天候下や地形でもグリップ力を発揮する軽快なトレイルシューズだが、尾道という街と島々の自然とを行き来するaiにとって、このシューズはとても“しまなみ”らしい佇まいだと話してくれた。
「尾道でオシャレだなって思う人は、自分の生活に合った洋服を着ている人なんです。自分の暮らしや動きに合った洋服を、その人らしく身に纏っている。自然も街も歩けて、自転車にも乗れて、坂道もストレスなく歩けて、すごくDANNERのスニーカーはしまなみに合っているように思いましたね(Ai)」
この旅で訪れたお店の共通点は「内にも外にも開かれている場所」。それはローカルの人々が集い、観光客も出入りする「風通しの良い場所」だとも言い換えられる。
外から訪れる旅人にとってローカルのコミュニティと出合える場所の価値は語るまでもないが、この地に根をおろす彼らにとって「風通しの良い場所」に足を運ぶこと、その価値とはどんなことなのだろう。
「自分らしくあろうとか、自分の時間って大事だなって気づかせてくれる場所」
Aiは、今回選んでくれたお店をそんなふうに形容した。道に迷ったり立ち止まってしまうときに、自分を押し戻してくれるのは自然だけではないのだろう。「自分たちをリセットしてくれる場所」は、自然であり、お店であり、人である。そんなことを最後に話してくれた。
SHIMANAMI Guide
Ai (アイ) / アーティスト(写真左)
向島にあるアトリエ兼、ハンドポーク・タトゥーのスタジオ『Dalmatian Planet Tattoos』主宰。佐世保出身。マシーンを使わない手彫りスタイルのハンドポーク・タトゥーをはじめ、ペインティング、染め、デザイン、お香など、多才な活動をしている。
加藤靖崇 / ファーマー(写真中央)
2人組農家〈みなと組〉主宰。尾道出身。高校卒業後、台湾にある國立嘉義大學へ進学。2018年に同大学を中退したのち独学で農業の勉強を始める。2019年に〈みなと組〉を結成。現在は因島大浜町を拠点に、夏野菜とハーブを中心に無農薬、自家製発酵肥料のみで栽培している。
上原和人 / フォトグラファー・デザイナー(写真右)
2人組農家〈みなと組〉のビジュアル制作担当。因島大浜町出身。〈みなと組〉のSNSやHPの撮影をするほか『みなと組マガジン』のデザインも手掛けている。〈みなと組〉に所属しながら、因島を拠点にフォトグラファー、デザイナーとしても活動している