しなやかなこの時代の開拓者たち
「文化は辺境から生まれる」とはよく言ったものだ。本流の成熟しきった概念から離れ、開拓精神に導かれた辺境の地で新たな価値を追い求めた証が文化ということか。小川町は今やオーガニックタウンとして有名だが、それが異端でしかなかった50年以上前に、故・金子美登さんが有機農業の道を切り拓いた。
「小川町に集う人たちはDIY精神が強くて、なんでもやっちゃう。この町はそれをそのまま受け入れてくれる」と、今回の旅を案内してくれた柳瀨武彦さんの言葉に、この土地には新たな文化が芽吹く土壌があると感じた。東京から通うこと4年、その後3年間の2拠点生活を経て、昨年、小川町に完全移住した柳瀨さん。広告会社勤務時代に培った企画やまちづくりの仕事をしながら、石蔵をリノベートした喫茶「PEOPLE」と併設する本屋「BOTABOOKS」を奥さんの菜摘さんと営む。さらに、フリーランス仲間でクリエイティブブティック「UNE STUDIO」を結成するなど、柳瀨さんの新たな挑戦は続いていく。
そんな活動に呼応するように、隣町のときがわ町でもおもしろい場所が誕生している。
「キャンプ民泊 NONIWA」とアウトドアショップ「GRID」を運営する青木達也さん、江梨子さん夫妻は「自然のなかで遊ぶように暮らしたい」と東京から移住。キャンプ民泊とは、道具はすべてレンタルでき、その使い方やメンテナンス方法もレクチャー付きの、初心者でも不安なくキャンプを楽しめるアイデアだ。
「観光地すぎず、田舎すぎないから、いろんなことにトライできる。ときがわをアウトドアタウンにしたい」
心地よく暮らし、楽しみながら未来をつくっていく姿が印象的だった。
強い個性をつないで町全体で魅せる
小川町に戻り、町を一望できる小高い丘へ。「あそこが宿、道具屋、酒場と、何がどこにあるかすぐわかるRPGの町みたい」という柳瀨さんの言葉を思い出す。
「小川まちやど」はこのコンパクトさを活かして誕生したホテルだ。
「本来はホテル内に併設されるレストラン、売店、浴場などの機能を、地元で馴染みの飲食店や温泉などに分散させて、町全体でゲストをもてなす新しい宿の仕組みです。小川町ならではの日常を体験し、暮らすように滞在してほしい」と「小川まちやど」女将の高橋かのさんは話してくれた。
夕食は高橋さんもおすすめのカレー屋「CURRY&NOBLE 強い女」へ。一度聞いたら忘れられない名前だが、カレーも深く記憶に刻まれる味。町で採れた食材を中心に塩とスパイスだけで味つけされ、幾重にも混ざり合ったうまみが沁み渡る。メニューはつねに変わるそうで、毎日でも通いたい店だ。
都内からアクセスのよい小川町は、ワーケーションにもうってつけだろう。移住とテレワークの需要が高まった2021年、築100年の石蔵が「コワーキングロビー NESTo」として生まれ変わった。
「単に働くだけではなく、人と町のいろんな要素がつながるホテルのロビーのようになれれば」とプロジェクトメンバーの蓑茂雄二郎さんと笠原和樹さん。この地域がどんどんおもしろくなっていく、その瞬間に居合わせている気がして心が踊った。
この地に暮らす人の営みが土壌を豊かに
小川町の酒づくりを支えてきた秩父山水源の良質な水を活かし、原料づくりにもこだわった醸造家たちが、SAKE文化に新たな価値を付加している。
「麦雑穀工房マイクロブルワリー」は自給自足のビールをつくることを目標に、原料の麦の有機栽培に取り組んでいる。話を伺った鈴木由実子さんのお父さんが独学で始めたのが20年ほど前。今や定番ビールに加え、地元産ハーブや果物を使ったシーズナルビールも人気だ。
ワインならば、「武蔵ワイナリー」へ。日本の有機規格で許可されている殺菌剤のボルドー液さえ使用せず、完全オーガニックでぶどうを育てている。もぎったぶどう粒を口に含むと、野性味溢れる強さとさわやかな果実味が広がった。
「この土地を表現する方法としてビールやワインがありますが、僕の場合は野菜なんです」と「SOU FARM」柳田大地さん。都内のアパレル業界から農家に転身したという一風変わった経歴の持ち主だ。柳田さんの畑は不耕起だが不関与ではない。
「野菜を育てるための農業ではなく、自分が関わることでこの場所をより豊かにしたい。その関わった証として、生物の営みの痕跡をそのままにしているんです」と、ニホンミツバチの巣箱を見せてくれた。ミツバチが畑に来て受粉してくれるおかげで、よりサステナブルな土地になったという。人、植物、生物はそれぞれが関わり合ってつながる円環的な存在なのだ。
人から人へ、意志のつながりをたどった旅。そこで見たものは、新しいカルチャーが生まれようとするこの土地のダイナミズムと、そこに暮らす人たちの営みと想いから育まれる風土だった。この東京からいちばん近い辺境の地は、複雑さと強さを増し、エキサイティングな味わいを刻々と深めていくに違いない。その“テロワール”を感じに、頻繁に足を伸ばしたい。
Tour de Nippon Guide
Ogawa & Tokigawa, Saitama
PEOPLE
埼玉県比企郡小川町小川197 玉成舎の石蔵
キャンプ民泊 NONIWA
埼玉県比企郡ときがわ町別所44-4
GRID
埼玉県比企郡ときがわ町別所275-1
小川まちやど ツキ
埼玉県比企郡小川町大塚176−1
CURRY&NOBLE 強い女
埼玉県比企郡小川町大塚171−7
TEL: 0493-81-5681
コワーキングロビー NESTo
埼玉県比企郡小川町大塚7-4
麦雑穀工房マイクロブルワリー
埼玉県比企郡小川町大塚88-6
TEL:0493-72-5673
武蔵ワイナリー
埼玉県比企郡小川町高谷104-1
TEL:0493-81-6344
有機の里で育まれた文化に触れる旅
「ツール・ド・ニッポン in 埼玉」ご参加募集中!
2024年4月13日(土)・14日(日)に開催
都心からわずか1時間。埼玉県外秩父山地の裾野に広がる、自然豊かな大地と町並みを巡る今春のツール・ド・ニッポン。1日目は、“オーガニックタウン” 小川町で、有機ファームやワイナリー、カフェなど、この町の魅力をつくり、発信している人々を自転車で訪ねます。サイクリング終了後は、小川町発のビール・ワインと有機野菜を使った軽食で乾杯!夜は小川町のユニークな飲食店巡りへ出発します。2日目は小川町を出て、周辺の町々へ。“木の町”ときがわ町では、アウトドアナイフを使った木工ワークショップを体験。埼玉のおいしいものを味わいながら、奥武蔵ののどかな山裾を気持ちよく駆け抜けます。
「ツール・ド・ニッポン in 埼玉」
https://papersky.jp/saitama-tour/