国際的ブランドのショップが立ち並び、ファッション愛好家や観光客からも人気の東京都・渋谷区に位置する表参道。このエリアの一角に、Bizen art tattoo studio (以下、Bizen スタジオ)がオープンしたのは2022年1月のこと。ギャラリーのような風通しの良さを感じる空間には、多くの芸能人やアーティスト、スポーツ選手までもが集う。ここで社長兼彫師を務める美漸(Bizen) さんの元へ、大学在学中から弟子入りしたbaraさんに、その経験と価値観を聞く。
baraさんが「彫師」を志した原点は、中学時代まで遡る。全国大会に出場するなど、10年以上水泳に打ち込んできたが、baraさんの興味は「泳ぐ」だけにとどまらなかった。
「水泳となると人の身体が自然と目につくのですが、そこで皮膚や筋肉、身体のつくりそのものに興味を抱いていきました。というのも、泳ぎ方の癖やその人の生活習慣によって、左右の筋肉の大きさに違いが出たり、シワができたりと、人体についてどこか不思議に思い、観察していました」
中学で水泳を引退し、高校からは幼少期より興味のあった美術の道へ。陶芸部へ所属し、この頃に「ヘナタトゥー」とも出会った。ヘナタトゥーとは自然植物由来の染料を用いて一時的なタトゥーを施すもので、数週間から数ヶ月で消える特徴を持つ。「陶芸」と「ヘナタトゥー」、双方に共通し手作業で原始的な方法、かつ人間の「衣食住」に強く密接してきた歴史にも魅了された。
後に師匠となる美漸さんとの出会いも、ヘナタトゥーがきっかけとなる。インスタグラムが普及し始め、baraさんも自身のアカウントにいくつかの作品を掲載した。
「Bizen スタジオに来てくれている方がbaraちゃんの友達だったこともあって、自然と会うことになりました。この業界は、悪(ワル)から派生して彫師を目指すケースが多いのですが、彼女の場合、工芸高校出身で美大も卒業していて、いわゆる芸術家コースと言いますか。その路線から彫師を目指す発想が新しくおもしろいなと。人間性も、技術面も含めて、ぜひ仲間になってほしいと思いました」(美漸さん)
しかしその出会いの直後に、世の中を新型コロナウイルスが襲う。
「周りの同級生が就職活動やインターンシップを始めた頃でもあり、私も進路を考える時期でした。ただ、いつ、また、こんな事態が起こるか分からないと思うと、卒業直後から安定を求めるよりは、素直に『やりたい』と思える道へ、進む覚悟を決めました」
そして今、弟子入りし、4年のときが過ぎた。現在は美漸さんや先輩方の手伝いをはじめ、自身も友人限定でタトゥーを施す。経験を積み、改めて、「彫師」の仕事についてどのような印象を抱いているのか。
「業の深い仕事だなと。行為としては高速で振動する針を人の皮膚に刺して傷をつけていくわけで、血も出て、責任の重いことを生業にしたなと。同時に、実際に身体を見て皮膚に触れる点では、水泳のときに抱いた興味の延長とも言えます。毎回異なる身体と向き合う意味では、際限がなく、一生学び続ける仕事だとも感じています」
人の皮膚にタトゥーを彫る、その「感覚」についても、baraさんは続けて話す。
「施術の最中は、無心です。そのとき彫っている『ここ』だけが視界に入り見えている状態で、他のことを考えたりもないです。イメージとしては大海原に放たれている感じと言いますか、針が人の皮膚に触れた瞬間から深く潜り、水中を泳ぎ進める感覚です。私にとっては水中の方が息がしやすく居心地も良く、気付いたら島に上陸し、自分がどれだけ泳いできたのか、後から認識する感覚です」
取材当日も予約が入っており、お話のあと、しばらくその様子を見せていただいた。そのとき見た姿はごくごく一部に過ぎないが、日々、お客様、道具、そして皮膚と向き合い、自己ベストを更新すべく葛藤し、楽しんでいることを、表情や姿勢から容易に想像できた。時間にしてわずか1時間半、対面しお話をお聞きしただけではあるが、師匠美漸さんがbaraさんへ期待を寄せることも、その人間性に初見で魅かれた意味も、どこか理解できる気がした。
最後に、baraさんの目標を聞いた。
「直近では、師匠に認められることです。ただいつかプロデビューが出来たとしても、私自身は満足しないと思います。苦しむことが好きなんだろなと(笑)。今後は、更にタトゥーに重きを置いた生活をして、お客様一人ひとりと真摯に向き合っていきたいです」
baraさんは、今日も深い深いタトゥーの海を、潜り、泳ぐ。