アウトドア好きが集まる、日本屈指のトレイルタウン
山梨県北杜市を中心としたエリアがクライマーやトレイルランナー、サイクリスト、マウンテンバイク乗りなど、外遊び好きを惹きつけるのには理由がある。八ヶ岳や南アルプスの登山口へのアクセスがよく、その日のお天気次第で遊べるフィールドやトレイルが無限に広がっていること、みずみずしい自然や景色に恵まれていること、そして山麓には同じアウトドア好きが集まるコミュニティが点在していること。アウトドアカルチャーの天国と呼ばれるゆえんだ。
甲府市内でアウトドアショップ「SUNDAY」とトレイルランニング専門店「道がまっすぐ」を営む石川幸之助さんは、山梨の自転車コミュニティのキーパーソンのひとり。シクロクロス形式の自転車レースを中心とした野外イベント、「白州の森バイクロア」のツアーライドのコンテンツ作成に携わり、「自然」「地元」「生活」をテーマにしたグラベルツアーを実施するなど、界隈の自転車道事情、オフロード事情にも詳しい。今回は石川さんのガイドで、おすすめの風景やスポットを交えたルートを紹介してもらった。
スタートは小淵沢駅。石川さんと駅で待ち合わせ、白州・尾白方面へ南下する。間近に迫る甲斐駒ヶ岳の雄々しい山容に圧倒されながら、さっそく林のなかのグラベルへ。鬱蒼とした林の間につけられたグラベルは下り基調で快適!一気に甲州街道に抜けたら、古道の趣が残る旧道に入る。なまこ壁の蔵が並ぶこの一帯は、江戸時代に台ヶ原宿として栄えた宿場町。台ヶ原では江戸時代の旅籠を改装したという佇まいに引き寄せられ、老舗の和菓子店「台ヶ原金精軒」でピットストップ。尾白川の名水と県内産梨北米で仕込んだ信玄餅が有名だが、「サイクリストにおすすめ」と紹介されたふかふかのどら焼きをおやつにいただく。
1軒のビルから生まれるコミュニティ
台ヶ原からは釜無川沿いを通り、武川から韮崎へ。韮崎では古きよき「アメリカヤビル」を蘇らせた「IROHA CRAFT」の建築士、千葉健司さんを訪ねる。韮崎中央商店街にある「アメリカヤ」は1967年に竣工、その派手な外観から地域で長く愛されてきたランドマーク的存在だった。竣工当時の名物オーナーが亡くなって15年もの間、空きビルになっていたが、「高校生のころから目にしていた建物を取り壊されたくない」と、古民家リノベを得意とする千葉さんが複合施設として蘇らせた。「人が集まる場所にしたい」という千葉さんの思い通り、現在の「アメリカヤビル」にはカフェやDIYのツールショップ、誰でも使えるコミュニティスペースが入り、たくさんの人で賑わうようになった。このビルをきっかけに、夜も楽しめる飲食店街の「アメリカヤ横丁」を再生させ、「泊まって遊べる街にしたい」とゲストハウスのリノベを手掛けるなど、古い建物を続々と蘇らせた千葉さん。「この次は、集中した空き家をまとめてリノベして、集合住宅『アメリカヤ村』をつくりたい」というから、アメリカヤビルをハブとした韮崎の街づくりはますます進化していきそうだ。
韮崎からさらに東へ進み、この日の宿である甲府市内にある農業体験施設「タイニータウン」へ。耕作放棄地に設けられたタイニーハウスでは、農作業や収穫体験を中心に、オープンキッチンで収穫した作物を調理したり、焚き火をしたりなど、思い思いのスタイルで一昼夜を過ごすことができる。ブドウ畑の斜面の上に位置し、自転車を押し上げしなくてはいけないのだが、甲府盆地を一望するロケーションが素晴らしい。
翌朝は石川さんおなじみの「アキトコーヒー」で目覚めの1杯をいただいた後、武田信玄を祀る武田神社へ向かう。武田神社は信玄の父、武田信虎が築き、信玄、勝頼と甲斐武田氏三代が居館とした「躑躅ヶ崎館」跡に創建された神社だ。当時の館周辺に有能な家臣が居を構え、商工を営む人々が多く集まったことで、武田城下町が形成された。その影響力は強く、武田神社の周辺には、古府中町(=当時の中心地)や大手(=大手門)、屋形(=館)など、信玄公の時代の事象が現代の地名に残されているほど。
「武田家滅亡後も躑躅ヶ崎館は古城と呼ばれ、堀や土塁などの遺構が人々の手により守られてきました。そうした背景もあり、館跡に武田神社が創建されたのです。ここには武田信玄公を祀る神社を!という山梨県民の熱い想いが込められています」(武田神社の禰宜、乙黒洋さん)
乙黒さんいわく、「サイクリストには、甲府駅から武田神社までの約2kmが桜色に染まる、4月の武田通りをぜひ走ってほしい」。また武田神社の周りには信玄公の墓や信虎公が築いた要害山城址など武田家ゆかりの史跡が点在するが、その散策には自転車が最適だそう。時間の余裕があれば、お参りついでに史跡を巡ってみよう。
武田神社を参詣したらいよいよ後半のハイライト、フルーツラインへ。桃やブドウ、さくらんぼの畑のなかを縫うように、起伏のある道が続く。フルーツラインをくだったらいよいよ塩山だ。近年、北杜市以上に移住者からの注目を集める塩山では、ルーカスの古くからの友人である、画家の角田純さんのアトリエを訪ねた。一昨年1月に移住してきた角田さんのアトリエは古い工場をセルフリノベしたもので、大型の作品を制作できる天井の高さを気に入ったそう。
「もともとは静岡か和歌山あたりの温暖な場所で探していたんだけれど、塩山は八ヶ岳周辺よりも温暖で気候がいいし、食べるものもおいしいし、東京にも近いしで、気に入ってすぐに移住してきちゃった」
現在はアートだけでは食べていけない若いアーティストにも塩山移住を薦めている角田さん。「フルーツ農家とアーティストの兼業なら、環境はいいしちゃんと食べていけるし、1年の半分は創作に集中できる。最高でしょ?」
旅の締めくくりはもちろん、甲州ワインで。勝沼のワイン畑のまんなかに佇む「サンキングカフェ」は東京でアパレル業に携わっていた上村卓也さんが2011年に始めた、ワインの飲めるカフェ。醸造家も多く集まるこちらには、ワインと、上村さんの趣味である音楽を中心としたユニークなコミュニティが築かれている。
甲州ワインの始まりは1300年前から自生していたブドウ品種から始まっている。ブドウ農家はこれを使って自家消費用のワインを造っていたといい、現在も一升瓶に入れたワインを湯呑みに注ぎ、つけものと一緒にいただく習慣が残るが、これは自家消費のなごりなのだとか。後年、地区や農家が共同で醸造場を建て、ワインを造るようになった。ブロックワイナリーといい、これも甲州ワインの特徴である。
勝沼のワインは今年140周年を迎えるが、ここ10数年で品質は飛躍的に向上した、と上村さん。「ワインは造り手の半生や物語そのもの」と上村さんはいうが、造り手のストーリーを知って飲むワインの味わいは、一味も二味も違うのである。
四方を山に囲まれた山梨ならではの山容と、甲府盆地のビュー、そして旬のフルーツと甲州ワインと。サイクリング王国・山梨の自転車旅は、目にも舌にもうれしい風物が満載なのだ。
石川幸之助 Konosuke Ishikawa
山梨県南アルプス市出身。アパレルショップのバイヤーを経て、「街と山をつなぐ」をコンセプトに掲げるアウトドアショップ「SUNDAY」、トレイルランニング専門店「道がまっすぐ」をオープン。登山、トレイルランニング、グラベル&マウンテンバイク、パックラフト、野営を組み合わせ、山梨県内のフィールドを縦横無尽に遊び尽くす。『PAPERSKY』で連載中の「OLD JAPANESE HIGHWAY 中道往還」では甲府から静岡県吉原までのルート開拓を担い、PAPERSKYチームとともに80kmの古道歩きを楽しんだ。
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