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Electric Bike Ride

神津島に弾丸旅行!

クレイグ・モド

クレイグは大抵、文章を書くか、写真を撮影するか、本を作っているか、散歩するかしているが、それ以外の時にはきっと、E-bikeを駆って、彼の地元である神奈川県やその周辺を散策しているだろう。今回巡ったのは、伊豆諸島の島の一つ、神津島だ。

09/23/2022

ルーカスはケーキが食べたいと言っている。僕も食べたかったが、ルーカスの願望は僕の比ではなかった。僕は神津島で唯一のケーキ屋である「梅家商店」に彼を誘った。店内を覗くと、まだ明かりはついていたが、ケーキの棚は空っぽ。どうやら、ちょうど閉店したところだったらしい。いやはや、悲しい。ほんの少し開いているドアの前で僕たちは佇んでいた。ルーカスは、「ケーキ屋さん、本当に閉まってるの?ショック…」と囁いている。そう、ウメヤは確かに閉店していた。

その日、ニーハイメディアの代表で、PAPERSKYの編集長でもあるルーカスと僕は一日中サイクリングをしていた。疲れ果てて、ケーキも食べられなかったけど、気分は最高だった。僕たちの神津島での滞在時間は、たったの36時間。東京から170km南下すると、この島にたどり着くが、この島は東京都の島なのだ。島の広さは、東西約4km、南北約6kmの大きさで、人口は2,000人以下。昔から開催されている恒例の夏祭りでは、漁師が神輿を担ぐそうだ。この島には、1万年以上前から人が住んでいて、島内にある信号は1つだけ。(この信号は、子供に信号機の意味を教えることのみの目的で設置されている。)

僕たちは、船で一晩かけてこの島にやって来た。船の乗り心地はなかなかで、妙にロマンチックな気分になった。竹芝客船ターミナルで、自転車を担いて大型客船に乗り込んだ。(大型客船ではわずかな手荷物料を支払えば、荷物スペースに自転車を積んでもらえる。ジェット船に乗船する場合は、輸行袋に自転車を収納する必要がある。)寝心地も比較的良い。ルーカスとシェアした二段ベッドは、清潔に整えられていて、寝床にはランプと充電口もあった。シーツはスモックのような感触だ。出航した後、デッキには数十人の旅行者がいて、港湾労働者に皆、手を振っていた。船は、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡に匹敵する光り輝く巨大都市東京を後にして、夜の漆黒の大洋に乗り出した。後方に見える東京の夜景を眺めると、高層ビル、モノレール、スピーディーに運行する電車が目に留まる。高速道路がコンクリートのスパゲティのように点在している。すべてが滞りなく動いている。僕の気持ちは弾んだ。船がレインボーブリッジの下を通り過ぎたとき、僕の隣にいた女性がつぶやいた。
「あれ、なんでレインボーブリッジって、虹色じゃないんだろう」。

10時間ほど経過すると、船は神津島港に到着した。

僕らが最初に出会った島民は、「Oyado & Café のら」のオーナーだった。天上山の山影にある麓の低い山道を自転車で走りながら、のらに向かった。のらはたくさんのお客さんで賑わっていたが、島民でないのは僕らだけだった。店内には、家族連れが多く、子供たちが甲高い声を上げていて、騒々しい雰囲気だ。 ルーカスと僕は、お刺身、魚のフライ、魚のスープが盛られた豪勢な食事を楽しんだ。オーナーの女性(彼女は僕に自分の名前を名乗ることを拒んだ)が、その場を強力に仕切っていた。店は彼女のワンオペである。 

のらから、島の東側の港まで自転車を走らせた。波が激しいので、2つの港は改修する必要があるようだ。毎朝、島の短波放送で、島のどちらの港がその日に使用されるかがアナウンスされる。断崖が迫るこの東部の港はひび割れていて、山々と街に通じるなだらかな丘陵が見える西側の港と比べるとかなりインパクトの強いロケーションだ。噂に聞くところによると、神津島には多幸湧水と呼ばれる素晴らしい湧き水が流れているらしい。ちょうど港の広報の山々から湧いて流れているとのことだ。我々が湧き水を発見した際、横にいた夫婦が数十リットルの湧き水を瓶に詰めていた。ご主人は地元の役所の勤めていて、奥さんはビジネスローン関連の仕事をしているとのこと。彼らは料理にこの湧き水しか使わず、週に一回この場所を訪れて、24キロもの水を持ち帰っているらしい。

水はとても冷たかったが、繊細で甘い味わいで、エヴィアンを思わせる口当たりだった。湧き水は、金属の水道管から木の桶に大量に流れ続けている。僕たちを取り巻く環境から蒸留されて流れ出ているかのような美味しさで、純粋で、太陽の恵みを受けたミネラルを感じるテイストだ。各々のボトルに水をたっぷりと入れると、僕とルーカスは、おそらくこの島で最も有名で、フォトジェニックな赤崎風歩道を目指して、海沿いの狭い道を西に向かって走った。

この遊歩道は、自然の入り江を生かした美しい海水浴場があり、シュノーケリングや海水浴を楽しむにはうってつけだ。入江を囲むように木造の遊歩道が設置されており、ジャンプ台も設けられている。ラッシュガードとゴーグルを身につけて、ストライプのショーツとウォーターシューズをはいた子供のような小太りの2人の中年男は、高さ約8メートルの最も高いジャンプ台から勢いよく海に飛び込んだ。海水浴場には、子供連れの家族など、さまざまな世代の人たちで賑わっていた。

ルーカスと僕は、残念ながらスノーケリングの用具を持ってきてなかった。ルーカスは短パンで、僕は下着のまま泳いだ。険しい岩で僕は足に切り傷を負った。ルーカスは、海にゆらゆらと浮かんで、入江の角から辺りの様子を見ている。海水に浸かっているのは気分がいい。実はこの島に来るのは初めてではない。20年前に初めて訪れた時、ぞっこんになってしまった。そして、いま再びここに戻ってきて、同じ入江で泳いでいる。海でゆらゆらと漂いながら、僕は木製の遊歩道と灰色の空を眺めながら、最初にここを訪れた時の年齢の倍になってしまったことを思いつつ、あの時の自分はどんな男で、何を恐れ、何になりたかったのかを思い出そうとしていた。偶然、その時期にルーカスはPAPERSKYを創刊したばかりで、僕はこんな雑誌にぜひ記事を書いてみたいと思っていたのだった(いくつか企画を提案したが、断られた)。僕には何の目標もなく、相談できるメンターもいなくて、人生の舵をどう切ったらいいのかわからなかった。恐ろしいほどの孤独感に苛まれていた。僕は小さな町の出身で、国境の向こう側の生活がどのようなものかを全く理解していなかった。これは僕のような境遇の人間が一歩外に出た時に辛い思いをする理由の1つで、自分がどんなに物事を知らないか、人生の大きな局面に対していかに自分の準備ができてないかを思い知らされ、打ちのめされるのだ。20年前、僕はこの入り江で海に浮かびながら恐れおののいていたと思う。でも、同時にワクワクした気持ちもあった。僕は自分の可能性を感じていたし、道を切り拓いていく決意もあったと思う。そして、今、ルーカスとPAPERSKYのストーリーのためにこの地を再び訪れ、周りで子供達が海に飛び込むのを見ながら、間抜けヅラをして2人で海にぷかりと浮かんでいる。

すっかりいい気持ちになったルーカスと僕は再び自転車に乗り、神津島温泉保養センターに向かって、最短のルートを走り出した。あたたかいお湯に癒され、2つの大きな露天風呂からは太陽が見下ろせる。このお風呂は混浴で、水着の着用が義務付けられている。ふと辺りを見渡すと、今朝、船上や赤崎遊歩道で見かけた人たちが結構いることに気づいた。この島は小さいし、観光客も少ないので、自ずと訪れる場所も同じになってくる。

宿に戻ると、2人の若い釣り師たちがチェックインしたばかりだった。彼らは20代で会社員の生活をやめて、これからは、釣りをするために生きていくらしい。今夜は9時から、翌朝の9時まで夜通し釣りをする予定だという。僕は彼らのプランを聞きながら、本当に偉いなあと感心していた。暗闇の中で12時間釣りをすることはさぞかし素晴らしい体験だろうと思った。

島の高台には商店街があり、ケーキ屋のウメヤもここにある。この商店街にはインディーズ系のコンビニがたくさんある。小体で、おんぼろ気味の木造の店内ではあるとあらゆるものを売っている。いろいろな商品がバラバラに並べられ、店に設えられた大きなガラス板は強風でガタガタと音を立てて揺れている。この店のオーナーは、アイスクリームに取り憑かれているようで、そのセレクションはアイスクリーム愛に満ち溢れていた。僕もルーカスもこんなにたくさんの種類のアイスを見たことはなかった。そんなわけで、この日の僕たちのデザートはこの店のアイスに決定!目の前のセレクションを見たら、もうファミリーマートのアイスに目を奪われることはない。店主の息子さんがアイス選びを手伝ってくれた。彼は5歳で、この島から出たことはまだなく、まるでウサギのように店内を駆け回っていた。

お店の外のベンチに腰掛けてアイスを食べているときに、リサコとダイキのカップルに出会った。この若いラブラブなカップルは、手を繋いで、ルンルン、弾むように歩きながらも、お互いを気遣い、優しい口調で対話をしている。お店の外でタバコを吸っていた彼らに話を聞いてみた。ダイキは建設業に携わっていて、リサコはアパレル会社で働いているそう。二人の靴はとてもファンキーだ。ここには二泊する予定で、近くのB&Bに宿泊しているらしい。僕たちのように、何かお菓子が食べたいと思って、この店に立ち寄ったとのこと。彼らは東京からの旅行者で、なんとなく、島に旅をしたい気分で、神津島に来たらしい。船で簡単に来られるし、即決だったそうだ。

その後、雨が夜通し激しく降り続き、空には星ひとつ見えなかった。この島は星がきらめく美しい夜空が見られる場所なのでとても残念。三脚を構えて、天文写真が撮影できる絶好のスポットがいくつかあるのに……。

翌朝、朝食を食べにいくと、あの釣り師たちがニコニコ笑って迎えてくれた。あまり収穫はなかったようだが、とても楽しんだようだ。雨の中、波止場で一晩中座って釣りをしていたらしい。話を聞いていると、彼らが20代の若者であることがにわかに信じがたかった。なんだか、関節炎を患い、リタイアした70代の老人のようで、二人がタバコを燻らしている姿はまるで違う時代からやってきた若者のように見えた。実際、この島の大半の人たちは喫煙者のようだ。

午前中、ルーカスと僕は町の端っこにある物忌奈命神社をぶらぶらと歩いていた。ここは、大きな木々に囲まれて、とてもプリミティブな雰囲気。神社の神様は下方に見える小体な漁業の繁栄を見守っているように思える。近くの前浜海岸から運んだ白い砂が地面を覆っている。僕たちと榊の小枝を建物に運んでいる管理人以外は誰もいなかった。

歩いて宿に戻ると、リサコとダイキに再会した。彼らは雨の中、手を繋いで歩きながら、追加で買い足したお菓子を入れた袋を下げていた。

ラッキーなことに、ウメヤは開いていた。ルーカスは、きっちり6個のケーキを選んだ。(どうして6個なんだ?)ケーキを持って、僕たちは宿に戻った。釣り人たちはまだ起きていて、宿のオーナーのアヤノとケンタロウはロビーに座っていた。「みんな、ケーキの時間だよ!」とルーカス。みんながダイニングテーブルの周りに集合する。ルーカスは箱を開けると、とても慎重な手つきでモンブランを取り出し、品があり、親切で、思いやりがある女性、アヤノに手渡した。ケーキを手渡しながら、「昨日の夜、モンブランが一番好きなケーキだって言ってたでしょ」とルーカスが言うと、彼女は泣き出しそうなほど喜んでいた。

釣り人や宿のオーナーとともに、美味しいケーキを食べることで、僕たちの旅は終わった。島に唯一のケーキ屋の美味しいケーキだった。20年前は、おそらく通り過ぎていた店だ。ちぇっ、あの時、モンブランを食べとくんだった。おそらく20年後には、この店はないだろう。

神津島は東京から簡単に行ける楽しい島だ。僕とルーカスのように、ふと思い立った時点で、びっくりするくらい、サクッと来られる。一晩船に乗って、民宿に一泊するだけで、ワクワクするようなアドベンチャーが体験できる。キャラの濃い人たちもいっぱいいる。36時間の滞在時間でも、自転車(E-bikeがオススメ)を持ち込めば、ほとんど島全体を見て回れる。新鮮な魚が好みの調理法で食べられるし、びっくりするようなアイスクリームのセレクションには目を見張ってしまうことだろう。運がよければ、抜けるような青空と星が瞬く美しい夜空も見られるし、タイミングが合えば、美味しいケーキにもありつけることだろう。


今回の旅で使用したE-bikeについて

今回は、BESV からグラベルロードバイクと呼ばれているJG1を2台貸してもらった。その乗り心地は最高!軽量 (15.9kg) で使い勝手が良く、動きもスピーディー。僕たちは、渋谷にあるPAPERSKYの編集部から竹芝客船ターミナルまで快走して、船内にJG1を持ち込み、神津島の港に着いてからもずっとこの自転車でサイクリングを楽しんだ。JG1は、僕の愛車であるPSA1よりもずっと頑丈なので、島内のサイクリングはとてもエネルギッシュなものとなった。平坦な道をのんびりと走るよりも、登り坂を一気に駆け登ったり、下り坂を猛スピードで駆け降りていく時に、この自転車に乗っている醍醐味を感じる。もし機能性に特化した、乗りやすいE-bikeを探しているのならば、JG1の乗り心地に満足するはず。もっと気軽に街乗りを楽しみたい人にはPSA1がおすすめだ。

STRAVA MAP | ELECTRIC RIDE IN KOZUSHIMA
STRAVAでPAPERSKY ツール・ド・ニッポンのサイクリングルートマップを紹介しています。PAPERSKYのクラブへの参加もお忘れなく!
text & photography | Craig Mod