海の恵みとおふくろの味
旅先でのなによりのご馳走といえば、郷土の味。そしてその手しごとを継承するおかあさんたちとの出会いにあると言っても過言ではない。そういうわけで木更津への旅も、料理上手のおふくろの味探しではじまった。
聞けば、房総を代表する郷土料理は太巻き寿司だという。江戸前ちば海苔が木更津の名産品の一つだから、納得。JA木更津市の女性部を訪ねると「私たちには、おにぎりよりてっぽう巻きがあたり前。子どものおやつでもあったのよ」地元のおかあさんたちは話す。原点はあさりの佃煮やかつ節醤油を芯にして海苔で巻いたシンプルなもので、船の上でも片手で食べられることから、漁師さんも好んで食べていたそうだ。
そこから発展した太巻き寿司は古くから冠婚葬祭や集まりでのご馳走として受け継がれていて 、家庭や地域によってさまざまな模様があって楽しい。それぞれ味つけしたかんぴょうや卵、人参などの具材とご飯と海苔。その組み合わせと巻き方を変えて、花や動物などさまざまな模様を切り口で表現する。巻きが得意なおかあさんは、おしゃべりしながら、いとも簡単に工芸品を作りあげる。見た目の楽しさはもちろん、滋味なる味は完全に私たちの胃袋もわしづかみにした。
太巻き寿司を包む海苔をつくる人にも会うべく、海苔漁師の斎藤正臣さんと加工を担う谷萩晃さんのコンビと金田漁港で待ち合わせをしていた。伝統的な支柱柵による海苔養殖を継承する金田地域で、父の代から海苔漁師という正臣さん。秋初旬ごろに海に支柱を立て、支柱の間に海苔網を張って育てた種を冷凍庫で保存している時期だった。冬に迎える海苔の生産期に向けて「甘みと香り、それに口どけもいい。あぶって口に入れたらとける、最高の美味しさだよ」と、自信たっぷりに話す。
関東平野の多くの川が流れ込み、海苔の養殖に必要な栄養が豊富な冬の東京湾は、晴天にも恵まれることで光合成が盛んに行われ旨味が増す。 やわらかい新芽の収穫を増やすため、漁師がこまめに海に入り海苔網を交換するのもちば海苔の特徴だ。てまひまかけて育てた海苔を摘み取ったあとは、晃さんの出番。昔は冷たい海に入って手作業で摘み、加工もすべて家族総出の人力だったが、今は刈り取りは船で、加工は漁協がサポートすることで漁師と支えあいながら良質の海苔づくりを未来へ紡ぐ。
県内の他の漁場の漁師や漁協との横の繋がりも強いという。「暮れに採れる青混ぜ海苔は絶品よ」と聞いてから、逸品が採れる日を指折り数えている。江戸前ちば海苔の未来は明るい。正臣さんと晃さんのナイスなコンビ姿に安心して漁港を後にした。