古くから、膨大な数のアーティストを生みつづけているこの街。バルセロナで見られるアートは、旅人にもたしかなインスピレーションを与えてくれる。なめらかな曲線とビビッドなステンドグラスが印象的な「カサ・バトリョ」は、アントニ・ガウディが1877年に手がけた集合住宅。海中をイメージして設計されたという内部は、まるで太陽光、水、空気が融合する浅瀬の水中を連想させる。少し歩くと、世界中の誰もが知る未完の教会「サグラダ・ファミリア」が見えてきた。ガウディが生涯をかけて取り組んだこの建築物はさながら、街の中央に屹立する切り立った山のよう。一説によれば、バルセロナ近郊のモンセラート山に影響を受けたデザインだともいわれている。画家のジョアン・ミロやサルバドール・ダリも、バルセロナのきらめく自然にまちがいなく大きな影響を受けた。この土地の大地、空、光や草花からインスパイアされ、多くの作品で赤、青、黄の三原色を多用したミロ。強烈な日差しによって生まれた明暗のコントラストが、その多くの作品に見て取れるダリ。眩しい光を放つ地中海と乾いた空気は、アーティストたちに多くのインスピレーションをもたらす。
「芸術におけるすべての回答は、自然のなかに存在する」。こんな言葉を遺したガウディは、最新鋭の建築技法と、自然のなかに潜む黄金比や真実、美しさを融合させようと試みた。この土地が人の創造性をかきたてるのはなぜか。街を歩きながら先人のアートを見ていくと、だんだんとその理由がわかってくるような気がした。
今回の旅でナビゲーターを務めたモデルの入夏さんも、この街の持つ不思議な力をたしかに感じていた。モデルの仕事で世界中をめぐってきた彼女にとっても、バルセロナの空気はとびきり新鮮に感じられたという。
「仕事柄、海外ではどうしても街の人のファッションに目がいくことが多かった。そういう意味で、NYやロンドンはとても刺激的で好きな街なんです。でもそれとはまったく違う魅力がバルセロナにはある。人はみんな自然体だし、生活を楽しんでいる。近代的なカルチャーもあれば、古い建物がたくさん残っていて、うまく共存している感じ。都会のなかに海やビーチがあるってことも、この街の人がナチュラルでいられる理由なのかもしれない」
仕事で海外の都市に出かけたときは、ほんの少しのオフさえあればショッピングに時間を費やしていたという彼女。バルセロナでは、海やプールで泳ぎ、リラックスした時間を多く過ごした。
「小さいころは水泳を習っていて、遠泳で長距離を泳いだこともあった。水泳はいまでも大好き。ここは目の前に海やプールがたくさんあるし、ほんの少し移動すれば秘境のような隠れ家ビーチもあって最高ですよね。陽も長いからショッピングだけだともったいない。これからは自然の豊富な場所へたくさん行ってみたいし、旅の仕方が少し変わるかもしれないと思いましたね」
街の中心部から車で約1.5時間。一大リゾートゾーン、コスタブラバではひとけのないビーチを探して歩き、ランチパーティや水泳をゆっくりと楽しんだ。泳いで水や自然とふれあうことで、バルセロナの印象ががらりと違って感じられたと入夏さんは楽しげに言う。
「ポジティブな気持ちをつねにもつってことがモデルの仕事にはとても大事。泳ぐと気持ちがすっきりするし、前向きにもなれる。この街でたくさん泳いであらためてそう感じました。いま、茅ヶ崎に住んでいるのでできれば仕事前、毎朝、海で泳ぐのもいいなって考えはじめたところです」
モデルのキャリアは10年を数えるという彼女。これからのテーマは内面を刺激するさまざまな出会い、気づきを得ていくことだ。人間的な魅力を高めることが、モデルとしての成功をたしかなものにしていくという道筋を彼女はしっかりと理解している。
「ファッションだけに集中していた興味の幅をもっと広げたい。だから世界の歴史やアートのこと、自然のことを吸収していきたいと思っているんです。そういう意味でもバルセロナという場所は、いろいろなことを考えさせてくれた。ここに来る前はほとんど知らなかったんだけど、カタルーニャ語という独自の言葉があることや、この地域がスペインから独立しようとしていることを知って、本当に驚いた。ただ楽しいという気持ちだけじゃなく、国境とか民族ということについて自分なりに考えてみるきっかけももらえたんです。私にとって旅は癒しの時間じゃなく、吸収するためのもの。日本とはまったく異なる文化や歴史にふれられて、少し、自分の内面の幅が広がった気がします。近い将来、まずはNYを拠点に世界的なモデルへの足がかりをつかんでいきたい。だけど世界で活躍するには、人として深みを増していかないといけないと思ってる。だから旅はとても大切だと感じているし、バルセロナでの時間は私にとってインパクトがありました」
1930年代のスペイン内戦時、この街では独自の言語であるカタルーニャ語の使用が禁止され、市民のアイデンティティは時に武力をもって脅かされた。古くから、独立指向の強いカタルーニャの人々はいまでも自治権の拡大を主張。学校ではカタルーニャ語の授業が必須であり、レストランやバルの看板にはスペイン語の表記がまるでないものさえ少なくない。スペインであってスペインでないエリア。街に出れば、スペインとは異なるカタルーニャの国旗が多く掲げられているのを、よく目にする。住人の精神に刻まれた歴史の陰影、そして、アートにも映し出される複雑なカタルーニャ人の内面性。市街を歩き、自然とふれ、人と文化に出会うほど、バルセロナの特異性はしだいに浮き彫りになり、思索のテーマが次々と与えられる。
「複雑な歴史があることを知ったけど、それでも出会った人たちはみんなポジティブで、私にもたくさんのパワーをくれた。モチベーションが高まる場所っていうのかな。私がモデルの仕事を気に入っているのも、ファッションが人のテンションを上げる力をもっているから。自分が好きな洋服を着て満足するだけじゃなく、私のファッションを見てなにかを感じたり、ポジティブな気持ちになったりする人だっている。自分では新しいことを発信する、とてもクリエイティブな仕事だと思っているんです。なにかを表現したい人とか、新しいものを生みだしたいという人にとって、ここはたしかに多くの刺激をくれる場所だと感じますね」
スイムウェアを持ち、海を目指して目抜き通りを下っていくと、ガウディのデザインしたベンチやミロのパブリックアートが次々と目に入る。創造性をかきたてるパッションが増幅しつづける都市、バルセロナ。何百年もの間、この土地のアーティストを虜にしてきた眩しい海は、もう目前だ。
入夏 | IRUKA | ファッションモデル
小学生のころからモデルとしての活動を開始。以降『SPUR』『装苑』『NYLON』『ELLEgirl』『VOGUE girl』など女性誌を始め、DIESEL、UNIQLOなどの広告、MITSUBISHI MOTERS、FUJIFILMのTVCMなど、幅広い分野で活躍。クール、ストリート、モード、ナチュラル、ガーリーとさまざまなスタイルにフィットする第一線のモデルとして、業界内外で高い評価を得ている。
» PAPERSKY’s BARCELONA | SWIM Issue (no.42)
バルセロナの旅のナビゲーター、モデル・入夏さん
古くから、膨大な数のアーティストを生みつづけているこの街。バルセロナで見られるアートは、旅人にもたしかなインスピレーションを与えてくれる。なめらかな曲線とビビッドなステンドグラスが印象的な「カサ・バトリョ」は、アントニ・ […]
08/03/2013