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Feathers of the Divine

神がつくった、鳥という名の芸術

三宮麻由子

PAPERSKY #74号 「和歌山 バードウォッチング特集」巻頭ページに書き下ろしエッセイを寄稿いただいたエッセイストの三宮麻由子さん。そして、おなじく巻頭のフォトエッセイページでは、和歌山県在住のフォトグラファー丸山由起さんの写真作品で和歌山の森、海、山地、梅林という4つのフィールドを表現しました。本記事ではそんな二人の作品をひとつの記事として再編。鳥を通して巡る和歌山の旅。その入り口へ、みなさんを誘います。

06/18/2026

鳥の声は「景色」の地図、
「神さまの芸術」が空と私をつないでくれた


手の届きそうな樹上でメジロたちが、チイー、チユー、チリルルルルと鳴きかわし、蜜を吸おうと花から花へ飛び回っている。その姿は見えなくても、声の動きを耳で追っていくと、彼らの細やかな飛翔や枝葉のなかでチョコマカと移動する動きを聞き取ることができる。

同じ枝では、いばりん坊のヒヨドリも、イーヨイーヨ、と大声で鳴きながら花をついばんでいる。イーヨイーヨ、と言いつつ、蜜好きのライバルであるメジロたちを追い払って「全然よくない」とばかりに。ときおり、パサッ、シパッと、ヒヨたちの羽ばたきや、翼が木の葉に触れる音が樹幹から降ってくる。

こうして目で見る景色から自由になり、耳を全開にすると、軽やかな羽を持つ愛らしい「神さまの芸術」たちが大自然のなかで命を燃やしている様が心身の深くまで伝わってくる。

小鳥たちの声が高く澄みわたり、広々した稜線まで響くとき、空は晴れ渡っている。曇天の日の声は、湿度と沈みがちな気分から低めでこもり気味になり、大きく鳴いても遠くまで通ってこない。この違いを聞き分ければ、空が“そこにあること”、それが“どんな様子なのか”を、見るのでなく耳から体感できる。色や広さという目からの情報でなく、声と響きという音の情報をとおすと、空との“距離”がなくなり、私自身が空という空間とつながった感覚を味わうことができるのである。

足元の藪にはウグイスたちのさえずり。チャッチャッと舌打ちするような「地鳴き」(普段の声)から、ホー・ホケキョという“中音”を始めるのもいれば、ヒーホケキョと“高音”で応じるのもいる。ホホホホホケキョは「下げ音」と呼ばれ、「ホホホホ」は「玉」という特別な鳴き声とされる。ものの本によれば、この「ホ」を4つ鳴けるのはよい歌い手で、その昔は「鳴き合わせ」の名選手だったそうだ。

ウグイスには方言がある。私が聞いた印象的な方言は、埼玉県の「ホケケケキョ」、長野県の「ホケッキョ」、沖縄の「ホホケケケキョ」など。熊野古道を訪れたのは秋口でウグイスの声を聞けなかったので、ここのウグイスはどんな方言で縄張りと愛を歌っているのか興味津々だ。

大地の広さも、小鳥たちの声の響きが教えてくれる。ウグイスだけでなく、5月の本州にはクロツグミ、キビタキ、オオルリ、コマドリなど、音楽的なフレーズを歌う小鳥がたくさん鳴いている。

山の斜面に立って聞いていると、地表近くで鳴いている鳥たちの声が傾斜のとおりの確度で響く。鳥の声が地図を描いてくれているかのようだ。深い森では奥行きのある響き、明るい樹林では水平に遠くまで届く響きと、木々の生え方によって種類も響き方も違う。目には見えない遠い地表の起伏まで、鳥たちの声は描き出して聞かせてくれるのである。

実際には、さえずりはラブソングやライバルへの縄張り宣言であり、コーラスには営みに必要な情報や「お互い生きているよね」という生存確認などさまざまなシグナルが込められている。異種間でも声のシグナルを交換する。だがそんな厳しい営みであっても、わき目もふらず全力で生き、歌い、交流している声は、限りなく透明で洗練され、美しい。

そんな全力のさえずりが溢れる音の世界にたたずむと、まるで鳥語の球体に抱かれたような感覚に包まれ、全身がフワリと宙に浮く心地になる。こんな音の世界を生み出す小鳥の声は、それにどんな意味があるかにかかわらず、大自然が奏でる最高の音楽のひとつに思える。

だから私は、小鳥は神さまが芸術のすべてを注ぎ込んでつくられたと信じている。そしてその声は、自然が発するメッセージを表現する通訳の声なのだと。

三宮麻由子/Mayuko Sannomiya
東京都生まれ。エッセイスト。4歳で視力を失う。外資系通信社でニュース翻訳を行うとともにエッセイストとして活躍。『そっと耳を澄ませば』(集英社文庫)で日本エッセイスト・クラブ賞受賞。絵本『おいしい おと』『センス・オブ・何だあ?』(ともに福音館書店)、『鳥が教えてくれた空』、最新刊『奇跡の食卓』(ともに集英社文庫)他著書多数。
鳥が教えてくれた空(集英社文庫)
幼くして視力を失った筆者が、鳥のさえずりをきっかけに、「空」という“噂で聞いた未知なるもの”の存在を体感する。優れた聴覚を活かし、鳥たちの鳴き声を聞き分けることで天候や季節の移ろいまでも感じ取る著者の処女作。大自然と自分とのつながりを、豊かな感性とみずみずしい表現で綴る。


Into the BIRDS WAKAYAMA
森、海、山、梅林。和歌山らしい4つの風景、その深
層へ

那智勝浦在住のフォトグラファー丸山由起さんが切り取った風景には、鳥と自然、人の営みが途切れずにつながり、同じリズムで生きていくさまが描かれている。鳥のさえずりを追いかけて、森、海、山地、梅林の4つのシーンで和歌山の輪郭をたどる。


鳥の鳴き声を聞く

また、それぞれのエリアで出会うことができる鳥の鳴き声も掲載。各QRコードをスキャン、クリックもしくはタップすると、自然のなかに響く鳥の鳴き声を聞くことができます。

Forest/森
田辺市を代表する「紀州石神田辺梅林」から少し登った山間部で見つけたのは、ウバメガシ―紀州備長炭の原料となる高木の林である。「山の急斜面に設けられた薪炭林と梅林は、山の崩落を防ぎ、水がめの役割を果たし、ミツバチを守り、生物多様性を守ってきました」(丸山さん、以下同)。江戸時代から続く伝統的な農法の持続可能性が高く評価され、世界農業遺産「みなべ・田辺の梅システム」に認定されている。

森に住む、カケスの鳴き声を聴く

Ocean/海
丸山さんのホームタウン、那智勝浦町にあるゆかし潟は、熊野灘から入り込んだ海水と真水が混ざり合う汽水湖。その周囲には遊歩道が整備されており、散策しながら四季折々の景色を楽しめる。「鳥をテーマにゆかし潟を散策してみたら想像以上にたくさんの鳥を目にすることができて、干潟という環境の多様性を実感しました」。写真の主役はアオサギだが、この他にマガモやカルガモ、イソシギといった水鳥も集まってくる。

海に住む、コサギの鳴き声を聴く

High Mountains/山
那智山から熊野灘へ注ぐ太田川、その上流域にある色川集落から紀伊山地を切り取った1枚。「熊野の険しい山並みが連なる様子を表す言葉に、『熊野三千六百峰』があります。標高はさほど高くはないが、険しく密度の濃い山々。折り重なるように連なる3600もの山々―山中に息づく信仰も表している言葉ですが、その神聖さや広大さを体現している風景だと感じます」。ゆったりとしたヤマガラのさえずりが今にも聞こえてきそう。

山に住む、ヤマガラの鳴き声を聴く

Plum Orchard/梅林
鳥をテーマに梅林の風景を探していてたどり着いたのが、紀伊路・千里の浜にほど近いみなべ町の梅林だ。「里山にある梅林はよく手入れされていますが、周辺にはほどよく自然林も残っていてシジュウカラやメジロの声が響いていました。こんな風に人の営みと自然が地続きになっている様子が和歌山らしいなと思います」。季節は春めいた気配を感じられる2月末ごろ。咲き始めたばかりの梅の花の可憐さに、心を震わせた。

梅林に住む、メジロの鳴き声を聴く

Photo by 丸山由起/Yoshiki Maruyama
1982年、和歌山県那智勝浦町出身。写真家。「土地の記憶と、人々の営みを写しとめる」をテーマに、地域の人々や修験道など和歌山らしい自然や風土、そこに流れる時間を記録している。この企画では野鳥の気配を身近に感じられる風景写真を紹介するとともに、ゲストハイカーとして特集内の高野山 龍神エリアを歩いた。

text|Mayuko Sannomiya photography | Yoshiki Maruyama edit|Ryoko Kuraishi