店主と女将が最初に出会ったのは旅行代理店だという。店主は当時営業職だったが、その後、焼鳥店で修行を始め、料理の道へ進んだ。銀座での修行を経て、次第に料理に没頭していった。
女将も同じ代理店で働いており、海外出張を通じて広い視野を身につけた。意外にも店主は大学卒業後、レコード会社に勤務し、音楽業界を離れた後、旅行業界でふたりは出会った。
精進料理に共鳴したふたりは、900年の歴史をもつ禅の哲学に根ざした菜食を追求し始めた。彼らが提供する野菜の個性を引き出した彩り豊かな料理は、質素な精進料理のイメージを覆す。

下段:左から乾燥天然松茸、凍み大根、蓮の実、芋類
夫婦は、鎌倉・建長寺の元典座僧侶から個別に教えを受ける機会に恵まれ、毎週の休日に通って精進料理と禅の精神を深く学んだ。きっかけは、茶人から聞いた「茶道の精神性」に女将が感銘を受けたこと。「料理にも精神性がある」と感じた彼女は、料理道を探求し始めた。古本屋で禅や精進料理の書を集め続け、常連となった古書店を通じて僧侶と出会う。その僧侶は、京都・大徳寺で修行を積んだ高僧だった。
懐石料理の語源は、禅の修行での厳しい寒さをしのぐために、僧が胸元に温めた石をしのばせたことに由来する。文字通り「ふところの石」の意味である。極寒の環境において、温かいお酒を一杯だけ飲むことをこっそり許されたという伝承がある。冗談めかした隠語で、酒は「はんにゃとう」と呼ばれる。鎌倉を訪れていたこの時期、僧侶の料理教室に対するお布施と高級な日本酒が、感謝の印になった。禅料理の教室を辞めた夫婦は独学に戻り、文献にあたるか、実際につくる料理で試行錯誤を重ねたり、それを食べた客からの反応を見ることで経験を積んだ。長い時を経て、自然に菜食主義やヴィーガン(完全菜食主義)を受け入れ、実践するようになった。
現在もヴィーガンである女将。当時、海外では卵や乳製品も避けるヴィーガンが増え始め、店にも菜食の客が多く訪れるようになった。夫婦は、菜食主義者とそうでない人の両方を満足させる料理を追求した。

和食の出汁には通常、鰹節が使われているため、ヴィーガン食には、鰹が入った出汁は適切ではない。極端なケースだと、突然に動物性の食べものがヴィーガンの人の身体に入ることで、体調を崩すこともあるからだ。
「それで私たちは自家製の精進スタイルの出汁を作ったの、昆布と大豆、かんぴょう、椎茸などのキノコ類、ニンジンなど、すべてが植物由来の食材を使って。あの人(店主)が全部、天日干しまでやっているのよ」
そのスープは、海と山の幸が和合した深い味わいだ。

彼らの作る出汁をベースにした鍋料理は、滋養に富み疲労回復にもよいと、人々に愛されて30年以上が経つ。
鎌倉での修行時代に学んだ「五味」は、それぞれの味が生命維持に不可欠な臓器に結びついている。すなわち、苦味=心臓、酸味=肝臓、甘味=脾臓、辛味=肺、塩味=肝臓である。興味深いことに、臓器を表す漢字には月の部首をもつ字が多い。それは私たちの身体の内側に、月のエネルギーと呼応する何かがあると言われているからだ。
すべての野菜に特性がある。それらを上手く組み合わせると、単なる調理以上の得もいわれぬハーモニーが醸し出される。これはお互いを尊重し、愛に基づく世界、競争がなく、思いやりに根ざした世界を描いている。
禅は仏教を基調とし、宇宙のすべてのものはそれよりも大きな愛と調和の循環の一部分だと教えている。その調和が乱れたとき、私たちの味覚は鈍くなり、思考は明晰さを失う全即一一即全、一部分であり全体でもある。しかし、自然は常にバランスを保つ。それに自分が気づくことができるか、が問題なのだ。
禅の教えはふたりの「食は愛と優しさの表現」という信念を深めた。手間を惜しまない料理は、命への敬意と一体化を表す「不ニ」の実践。旬の食材を使うことは、自然に宿る八百万の神への敬意であり、季節に応じた食は身体の声に従うこと。自然のリズムに沿った暮らしが、健康と長寿を育むと考えている。
「私は地球と自然の恵みに守られ、その背後にある、見えないけれども大いなる生命力に生かされていると思うの。だから魂を養うためにも、自然界からの食物をできるだけ求めて欲しい。食べものを癒しの周波数にも変換可能できる。たかが食べもの、されど食べものだと思うから」
中国の皇帝で、薬草を分類した偉業で知られる神農は「医食同源(食べものと薬は同じ)」と説いた。伝統的な中国漢方の処方には動物由来の薬も含まれるが、日本の精進料理は植物由来の食材のみを用いて、薬効と四季の機微とが完全に調和した食を提供する。現代では、ほとんどの食材を一年中食べることが可能だが、古来の人々は、自然と特に植物と密接に結びついた生活をしていた。毒のある植物や目立たない雑草も、生命の循環と生態系に貢献している。すべては複雑に絡み合ったカルマの一部であり、すべては原因と結果を通じて結びついている、という考えだ。
蔬菜坊は「あなたは食べたものでできている」を信念に料理を提供している。

ミュージシャンには、菜食主義やヴィーガンが多い。彼らの店が最初に注目されたのは、アイルランド人のプロデューサーの来店で、直ぐに口コミで広まった。それからというもの、海外のゲストがよく訪れるようになった。レディオヘッドは数回、彼らの紹介でレッド・ホット・チリ・ペッパーズが来た。ビースティー・ボーイズも来店した。
大物ゲストのリストはさらに続く。バレリーナのシルヴィ・ギエム、俳優のクロエ・セヴィニー、現代美術アーティストのグレン・リゴン、写真家のヴォルフガング・ティルマンスなど、枚挙にいとまがない。

「私たちのお店は普通のレストランとは違うけれど、お店の雰囲気や空気感が、アーティストである彼らの感性と共鳴する何かがあるのかもしれない。日本の『和』や美意識は、言語を超えて海外の方にも深く伝わると感じています」

中央:串:豆腐山椒味噌、苺胡麻味噌、万願寺唐辛子ネギ味噌
右:御盆:金柑、長芋コロッケ、おいなり、モナカカボチャの和え物、アスパラガス
料理はアンティークの和食器で提供され、女将は金色の折り紙に英語やドイツ語などで手書きのメッセージを添える。金色は「大切な人との関係性」を象徴しているからだ。


伝説のアーティストが足繁く訪れることを予測したレストランなど、意図して作ることなどできない。しかし、言語の障壁や人生の不確実性にもかかわらず、一度でも訪れたことのある客は、何度でも戻って来る。店主と女将が醸し出すバランスに、不思議な力があるのだろう。つまり、彼らと宇宙が共有する調和の中に、時代を超えた、流れるようなエネルギーを生み出す何か。この目に見えない温かさが人々を惹きつけるのだろう。
女将が好きだという、キリストの言葉とリルケの言葉でこの記事を締めくくりたい。
「わたし自身は無ゼロである」(キリスト)
「旅をする方法はただ一つ、自分自身の内側へ向かうこと」(リルケ)
高木康行 Yasuyuki Takagi
東京生まれの写真家・映像ディレクター。ニューヨーク州ブルックリンでメディアアートを学ぶ。著書に写真集『小さな深い森 Petite Foret Profonde」と『植木 UEKI』はフランスから刊行、そして最新作『BLR: Brooklyn Lot Recordings』を東京の Neat Papers より出版。監督作品に『どうすればトム・サックスにみたいになれるか』『場所の肖像 :荒木町』他多数制作。現在は、国内外で精力的に制作活動を続けている。