日本三大カルストのひとつ、標高1455mに達する四国カルスト。その雄大な土地に抱かれた高知県・梼原(ゆすはら)町は、すがすがしい高原の空気が流れる山間の小さな町だ。そんな四国カルストの中腹、標高約650mという見晴らしのいい高台の一角に、オランダ人の和紙作家、ロギール・アウテンボーガルトさんの工房「かみこや」はあった。
主に灯りや襖、壁紙、アートパネルなど。特別なインテリアとして活用されることが多いというロギールさんの作品は、質感、色、模様、手触り……そのすべてが驚くほど繊細で表情豊かだ。その美しさを支えているのが、この土地の豊かな恵みである。伝統的な土佐和紙の製法に忠実に、ロギールさんは、無農薬・無肥料で原料を育てて、四万十川の源流である湧き水を使い、今でも手すきで和紙を作る。そうして出来上がるのはもちろん、100%オーガニックの和紙だ。

「手袋して眼鏡をして和紙を作る。それでは、感動するものは作れないでしょう。排水のことを考えたり、環境を守るという考えもベースにあるけれど、和紙が本来持っているメッセージを伝えるには、原点のところからひとつひとつやるしかない。きれいな、感動する和紙を作りたいから」

和紙作家の道を歩んで、約40年。ロギールさんが最初に和紙に出会ったのは、母国・オランダで製本の見習いをしていた頃のことだ。「ひかりを当てると、教会のステンドグラスのように神秘的だった」と、和紙の美しさに強烈に魅入られ、突き動かされるように単身、日本へ。工房を訪ねて各地を巡り、最終的に辿り着いたのが高知だったという。その理由について、ロギールさんは丁寧に言葉を紡いだ。
「本質的な和紙づくりの原点は、高知にあるんです。原料の生産量も日本一、道具も一番、明治以降のテクニカルイノベーションは全部高知。それに、四国のなかでも高知だけ空気感が違う。昔から変わらない生活をしている人が今でもいる。そこが高知の強いところ」
窓の外には、麗らかな里山風景。斜面に連なる畑には、楮、三椏、桑などが植えられ、優しい陽光の下、気持ちよさそうに枝を伸ばしている。確かにここは、随分以前から時間が止まっているかのようだ。心安らぐような、かつての美しき日本の風景が広がっている。


「栽培の人たちももうほとんどいなくなってしまって。危機感を感じ、5年くらい前から、荒れた畑や田んぼをさらに借りて増やしているんです。でもその一方で、今、原点に戻ろうとする若い人たちも世の中には増えている。原料も自分で植えて、水も汚したくない、農薬も使いたくない、と。それに、和紙の良さを理解できる人たちも増えていると思う。本当の時代が、始まっている気がしています」
