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Star Atlas –街の星図を探して–

望月将悟 & 植田徹

静岡編 vol.5

その土地に点在する魅力的なヒト、モノ、コトは、“星”に例えることができる。光の強さ、色、輝き方はさまざまな星たち。それらのストーリーを一つずつ紐解いていくことで、その土地だけにある「Star Atlas(星図)」を浮かび上がらせていく静岡編の第五回。

08/09/2022

いくらでも遊び方をつくれる、ふるさとの山


「他の県の山には、インスタ映えするようなところとかがいろいろありますけど、静岡ってそういうのはあんまりないんですよね。ふるさとの山というか、マイホームみたいな感覚で登ってます」。静岡市で生まれ育った山岳ランナーの望月将悟さんに静岡ならではの山の魅力について尋ねると、そう教えてくれた。

県外の人にとっては富士山以外に、静岡の山のイメージはあまりないかもしれないが、静岡市周辺にもハイキングやトレイルランニングを楽しめる山や丘が揃っている。その中から今回は、初心者もちょっと頑張れば歩けるコースを望月さんに相談し、満観峰へと向かった。丸子方面の井尻登山口から入り、小野薬師寺、朝鮮岩を通って頂上へ行き、焼津の花沢の里へと下りてくるコースだ。小雨模様の中、望月さんのバックパックを2016年からつくっているblooper backpacksの植田徹さんも一緒に、ハイキングをスタートした。

望月さん(左)は2016年のトランスジャパンアルプスレースで、初めて植田さん(右)がつくったバックパックを背負って出場し、新記録を樹立。植田さんは観衆の前でのゴールシーンに立ち合い、ものづくりで携われた喜びを感じたことが、バックパックづくりで独立する大きなきっかけになったという。

登山口から朝鮮岩に着くまでの最初の40分ほどは勾配のある上りも多く、望月さんが「ここが一番大変」という道のり。雨が強まったり止んだりする中、草や葉の緑が湿気を帯びて、晴れの日とはまた違う表情を見せる。朝鮮岩に着くと眺望が開けて、安倍川から静岡市街、日本平まで見渡すことができる。遠くに小さく見える新幹線は、まるで鉄道模型のようだ。

朝鮮岩からの眺め。気象条件のいい日には富士山も望むことができる。朝鮮岩という呼び名のはっきりとした由来は不明とされている。

頂上まではいくつか山を越えて行く道もあるが、今回はその山腹を巻いて行くトラバース道を通っていった。「どの道を通っても頂上には着く。回り道か近道か、どちらを行くかはあなた次第。それぞれよさがありますよね」と望月さんは言う。

途中、他の登山者を見かけなかったが、満観峰の頂上に着くと数組のグループが腰掛けてくつろいでいた。多少の雨をいとわず登っている人がいるのは、地元の人たちが日常的に親しんでいる里山ならではだ。

満観峰の頂上では、持参した静岡のお菓子をつまんで休憩。「木の下で雨宿りしながらお菓子を食べるなんてなかなかないし、雨の日に山に登るのも新鮮ですよ」と望月さん。植田さんは大学時代から山登りを始め、最初に登ったのが満観峰だったという。
天気がいい日の満観峰からは焼津の街や漁港も一望できる。

望月さんは山登りやトレイルランニングの他、静岡市消防局で山岳救助隊として山に入っているが、それでも静岡市周辺の山には知り尽くせない奥深さがあると話す。

「何十年と山をやっている人たちには敵わないですね。あとは1年1年、山は道や水の流れも変わってるんですよね。ある意味、それが面白いというか」

このバックパックは2021年夏、望月さんが北アルプスを1週間縦走するために植田さんに一からオーダーしたもの。残雪がある時期のためピッケルが付けられるようになっていたり、テクニカルな岩場も登りやすいように考えてつくられている。

下りは約1時間。ゴール地点の花沢の里では、ハイキングの締めくくりに近くのカフェ、カントリーオーブンでケーキとお茶を楽しんだ。望月さんとはそこで別れ、静岡県の中部、榛原郡の川根本町にあるblooper backpacksの工房へ。川根はお茶づくりが盛んな土地で周りには茶畑が多く、近くに大井川鉄道のSLも走っている。

この日のゴール地点、焼津市の花沢の里にあるカフェ、カントリーオーブン。望月さんの出身地、静岡市の井川でつくられた無農薬の紅茶も販売されている。
静岡県の川根本町にあるblooper backpacksの工房。

「僕は南アルプスが好きで、フライフィッシングもやるので大井川がホームの川なんです。その流域沿いを拠点にしたいなと、4年前に川根に工房をオープンしました。山もあるし川もあるし、フィールドとしてはすごく可能性があると感じています」と植田さんは語る。

注文はオンラインでも可能だが、工房でしか受け付けていないカラーやカスタムもあり、県外から注文しにやって来る人も多いそうだ。そうした人たちに川根周辺の自然や山を知ってもらうのも、植田さんがここに工房を構えた狙いの一つだ。

「関東からもアクセスがいい南アルプスの山梨側に比べると、静岡側の山ってすごくマイナーで来る人は少ないんですけど、人が少ないのも魅力の一つです。一度足を運んで好きになって、何度も来てもらえたらうれしいですね」

注文を受ける際の対話では「何が欲しいって言われるより、こういうことをしたいって言われた方がうれしいし、つくりがいがありますね」と、植田さんは言う。

「容量や付けるポケットのことを考える前に、例えば1週間ぐらい山に入って長い時間、行動するような遊びをしたいのか、それとも日帰りで食料とかもガッツリ持って山の時間を楽しみたいのか。自分がなんで山に入りたいのかという根本の部分まで考える一つのきっかけとして、バックパックをつくるのも役立ててほしいなと思います」

「将悟さんは静岡市境、全長235キロを5日で1周することを5年前にやっていて、それって静岡市内だけど、ものすごい冒険じゃないですか。レベルは違えど、山が高いか低いかとかに関係なくチャレンジングなことって自分でいくらでも設定できると思うんです」

静岡には自分次第でいろんな遊び方ができる、そんなフィールドが広がっている。

丸子富士・満観峰 / PAPERSKY さんの丸子富士の活動データ | YAMAP / ヤマップ




望月将悟
山岳ランナー。静岡県静岡市出身。静岡市消防局で山岳救助隊員を兼務。日本海の富山湾から太平洋の駿河湾まで、日本アルプスの山々を超えて約415kmを8日間以内に縦断するトランスジャパンアルプスレースを、2010年から2016年まで4連覇。2018年にはすべての食料を背負う無補給で挑み、完走を果たした。

植田徹(blooper backpacks)
静岡県藤枝市出身。バックパックを背負って旅をし、様々なアウトドア・アクティビティを行う中で、必要な機能を備えた満足のいくギアを求めて、自らバックパックの製作を開始。完全フルカスタムメイドにこだわり、ユーザーの要望を細かくヒヤリングして形に落とし込むのを得意とする。

text | Takeshi Okuno (Media Surf) photography | Toshitake Suzuki