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Dashi series 03

椎茸だし

この連載では、これまで鰹節と昆布の出汁を紹介してきた。どちらも海の中で育った天然の旨味のあるものだ。だが、旨味は海産物だけからとれるものではない。海産物以外のものからの旨味として、今回は椎茸を取り上げよう。

09/22/2022

大分県は素晴らしい温泉と自然、温泉の蒸気で蒸した卵などで知られている場所だが、伝統的な農法による椎茸栽培にも適した環境だ。県内の面積の70%を熱帯林が占め、そこに生い茂る広葉樹が椎茸の成熟に不可欠な日陰をつくっている。

現在の椎茸栽培は大きく分けて二つの方法がある。その一つが原木栽培。1600年代に大分県で偶然の発見から生まれたと言われる栽培法だ。晩冬から早春にかけて、椎茸農家は「駒打ち」と呼ばれる作業に取りかかる。駒打ちとは原木栽培で行う菌の植え付けを意味する言葉で、玉切りした(玉切りとは『原木椎茸』を栽培するための原木を、約1メートルの長さに切る作業) クヌギやコナラなどの原木(ほだ木)に穴を開け、その中に椎茸の種菌を打ち込む作業のことである。

駒打ちをした原木は、直射日光の当たらない風通しのよい場所にきれいに積んで、1年半ほど寝かせておく。翌年の秋にこれらの原木を森の中の椎茸の発生に適した場所である「ほだ場」に移して、次の春と夏の収穫まで静かに待つ。収穫までには2年から2年半かかり、多大な労力と大いなる自然の力が必要になる。

もう一つが菌床栽培。こちらはかなり管理された栽培方法で、栄養剤とおがくずのような木質材料を混ぜた培地を使って椎茸を育てる。当然ながら、菌床栽培は日本のみならず、世界でも最も人気の高い椎茸の栽培方法となっている。原木栽培の椎茸は肉厚で弾力に富み、風味豊かで、他の栽培方法の椎茸より味わいも明らかに複雑だ。幸いなことに、大分県では椎茸の原木栽培がまだ行われているが、生産者の高齢化が進んでいるため、この栽培方法が次世代に受け継がれていくかどうかはわからない。

この2つの方法で栽培された椎茸はどちらも干し椎茸に加工され、日本や世界の各地へと出荷されている。国産干し椎茸の約半分を占めるのが大分産だ。

生椎茸と干し椎茸にはどちらもグルタミン酸が含まれているが、汁物のベースや出汁には干し椎茸のほうが好まれる。それは、干し椎茸には「グアニル酸」という魔法のようなうま味成分が含まれているからだ。グアニル酸は一定の温度で加熱されるとグルタミン酸と相互作用し、椎茸の豊かな風味を強める働きをする。

干し椎茸の出汁はおそらく、あらゆる出汁の中で最も使用頻度が少ないものかもしれない。しかし、干し椎茸の出汁は汎用性が最も高く、他の出汁より多くの料理に利用可能だ。また、干し椎茸自身ももどした出汁も、どちらも料理に使うことができる。干し椎茸の出汁は魚介系の出汁を使う際の代用品にもなるし、他のタイプの出汁と組み合わせて、より複雑な味わいの汁をつくることもできる優れものなのだ。