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水庭

人と自然が共生する日本庭園

 

05/27/2021

栃木県那須にある長期滞在型の宿泊施設、アートビオトープ那須では、人と自然のコラボレーションによるランドスケープ・インスタレーション「水庭」が見学できる。これは、日本庭園の新たなスタイルを提示するものだ。

平安時代に書かれた日本最古の庭園書である作庭記によれば、庭は自然と人間が共生できるスペースを創出するものであると書かれている。自然を手なずけたり、自然環境を再構築することではなく、自然と人間を調和させるための役割を果たすのが日本庭園である。

著名な建築家である石上純也が設計した水庭は、この思想を独自のアプローチで表現したものだ。お寺などで見られる典型的な日本庭園のスタイルとは異なり、もともとこの土地にあった要素を、人の叡智、テクノロジーにより精緻に組み合わせ、自然が醸し出すきらめきや美しさをアーティスティックなセンスで表出させたもので、訪れたものに深い感動を与える。

土地の特性と既存のエコシステムを考慮しながら、樹木、水、苔を組み合わせた結果、「水庭」というまったく新しいランドスケープが生まれた。静寂を感じるとともに、どこか懐かしく、そして、不思議な空間だ。

写真提供:株式会社ニキシモ

細長い樹木の幹の間に160個の池(バイオトープと呼ばれている)が配されている光景を見ると、最初は日本の庭園設計の美学とはまったく異なるものに見える。しかし、デザインバランスが絶妙で、かつて宮沢賢治がランドスケープデザインについて語った「風景を美しく整えて、リデザインすることで、自然の中に隠れていたものの姿が見えてくる」という言葉をまさに具現化している造りである。

庭園では、すべての要素が綿密に計算されて配置されており、この土地の特質と人間のクリエイティビティの結晶とも言える景観が拡がる。ここは、かつて里山(人里近くにある、生活に結びついた森林)で、人の手入れにより自然が保護されており、水田灌漑を行ってきたため地形が変化していた土地だった。

庭園は16,870m2で、東京ドームを超える広さだが、とてもコンパクトな印象を受ける。庭園には、ブナ、コナラなど、高さ10〜14mの樹木318本が隣接するホテル棟から移植された。樹木の間に配された池のサイズは、樹冠の大きさにより合わせて調整され、近づくにつれて大きく見える。池はすべて地下でつながっており、上黒尾川から引き込んだ水が巡らされている。池の周りにはオタマジャクシ、トンボ、その他新しい生命が息づいてる。

訪れたゲストは、木々と池の間にある苔のカーペットのような地面に配された踏み石を辿りながら散策する。踏み石のサイズと距離感は、ゲストが存分に散策を楽しめるように絶妙にレイアウトがされている。歩いているうちに、まるでここが私たちの生活圏の延長であるような不思議な感覚を覚える。

完成から2年を経て、庭園の景観はゆっくりとしたペースで変化を遂げている。自然の存在感が増したことで、人為的な要素が薄まり、この庭園の繊細な設計センスが際立ってきている。時を経るごとに、この庭園の散策経験も異なるフィーリングになり、美しい迷路のように配された踏み石に沿って歩いていくうちに、果たして私たちと自然界を分断している境界線というものはあるのだろうかという問いが繰り返し頭をよぎる。

写真提供:株式会社ニキシモ