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Mitosaya
生命の水

17世紀のフランス ― アルザス州の修道士がコレラ感染者の治療薬開発を目指して、発酵したサクランボを煮込んでいた。彼はその飲料を「オー・ド・ヴィ」(生命(いのち)の水)と名付ける。効能については定かではなかったが、このスピリッツは、人気を呼ぶ。しかし、時が経つにつれて、他のスピリッツの陰に隠れて、次第に忘れ去られた存在になってきた。特に日本ではほぼ話題に上ることもなかったと言える。ところが、いま、状況は変わりつつある。

08/11/2020

2016年、書店ユトレヒトのオーナーだった江口宏志は書店業を退き、ドイツ南部の蒸留所、Stählemühle (ステーレミューレ) でクリストフ・ケラー(彼も元アートブックのパブリッシャーだった)の指導の下、オー・ド・ヴィ、ブランデー、ジンの蒸留技術を学んだ。

「40歳になり、何か新しいことを始めてみたかったのです。もちろん、書店業は楽しい仕事でしたが、蒸留技術を習得すれば、もしかしたら、自然の中で自分自身を表現できるかなと」。

photography | Go Itami

ケラーとともに働きながら、江口は、日本で新たな蒸留所を創設するにあたっての3つのキーポイントを設定した。水がいい場所であること、良質の果実が得られること、そして、その場所にストーリー性があること。江口は、この3つの条件を満たす場所を求めて日本中を探索した。「3つ目の条件を満たす場所はともかくむずかしかったです」。

ある日、江口は「房総の小江戸」とも呼ばれる城下町、千葉県大多喜町の広大な森の中に千葉県立薬草園の跡地を発見する。1987年に設立されたこの薬草園には、二棟の温室と小体なミュージアムを擁していたが、すでに閉園されており、新たな借り手が見つかっていなかった。

江口は、友人である建築家の中山英之とともに必要最低限のレベルでこの薬草園のリノベーションを行った。この施設の良さを生かしつつ、新たな要素を加味することで、なつかしさと新しさがハイブリッドされたなんとも魅力的な蒸留所ができあがった。

photography | Go Itami

今ここにあるものを新しいかたちで活かし、継続させていくスピリットこそが、将来を見据えたブランド・バリューになると江口は考えている。「長いスパンで、僕たちのコミュニティが大きなサークルに成長して、くらしが豊かになることにつながればと思っています」。mitosayaが創設され、かつてのユニークな薬草園も園内の植物も息を吹き返し、周辺のコミュニティも活性化した。再生と新たな息吹がこの地に美しく共存している。

mitosaya 薬草園蒸留所
千葉県大多喜町の薬草園跡に設立された、自然からの小さな発見を形にする蒸留所