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未来の知恵

石川直樹

 

10/20/2022

ネズミの街

2020〜2021年は、コロナ禍の渋谷を撮り歩いていた。この数年間、オリンピックを見越した再開発によって渋谷という街は一週間ごとに景色が一変した。大規模な工事があちこちで進行し、ビルが建つごとに駅へ向かう導線も変わっていった。

ぼくは渋谷区初台で生まれて、渋谷駅は子どもの頃から利用してきたのだが、その自分でさえも電車の乗り換えには迷う。半蔵門線、田園都市線、銀座線、東横線、そしてJRやバス路線が複雑に絡み合い、整えられた網の目というよりは、絡み合って団子になったタコ糸状態になっている。

そんな渋谷を右往左往する人の群れをすり抜けながら、ぼくは駅周辺に幾度となく通って、写真を撮った。歩く範囲は、渋谷に巣食うネズミたちの動く範囲と決めていて、ネズミがよく出るセンター街から駅までの短い距離を何往復もするのが常だった。

特に夜は、ネズミたちの動きが活発になった。街をわがもの顔で走り、ゴミの中から目ざとく食べ物を見つけてくる。渋谷に大量発生しているネズミはもともと有名だったが、コロナ禍を経て、以前よりも増殖した。ラーメン屋の軒先、飲み屋の裏の小道、排水口や看板の陰などを飛び回るように彼らは走り狂い、その範囲を少しずつ広げているように思えた。

特に深夜のセンター街はネズミに占拠されている。昼間は人の流れに敏感なネズミたちも、夜になると人影を気にせず、落ちている食べ物にまっしぐらに走り寄る。道端に置いてあった飲みかけのタピオカドリンクをストローで吸っているネズミに会ったときは、驚きを通り越して、敬意さえ抱いた。

ぼくは左右のポケットに二個の「写ルンです」を入れて、特に人のいない夜中の渋谷を徘徊した。ネズミたちに待ち伏せなどの小細工は通用しないので、見つけたら走って追いかけた。こうした二年間におよぶ撮影は、2021年の秋頃に一度区切りをつけたのだが、2022年3月、久々に「写ルンです」を持って渋谷を歩いてみることにした。すると、わずか数カ月通わなかっただけで、あちこちが変化していることに気づく。

ネズミの巣が無数にあったスクランブル交差点近くの植え込みは、道路の拡張によってきれいさっぱりなくなっており、その名残さえも残されていなかった。人の背丈くらいの石の彫刻がそばにあったのだが、それも撤去されていた。あそこにいたネズミたちはいったいどこに行ったのか。

血走った眼のネズミたちが跋扈する薄汚れた街、渋谷。ノスタルジーを憶える前に街が変わっていき、ちょっと前の風景が思い出せない。ひとつの色に染まることを拒否する渋谷という街を、ぼくは嫌いではない。

石川直樹 Naoki Ishikawa
1977年東京都生まれ。2008年、『NEW DIMENSION』『POLAR』で日本写真協会新人賞、講談社出版文化賞を受賞。2011年『CORONA』で、土門拳賞を受賞した。著書に開高健ノンフィクション賞を受賞した『最後の冒険家』ほか多数。近刊に『アラスカで一番高い山』(福音館書店)。2020年、写真集『EVEREST』『まれびと』で日本写真協会作家賞を受賞した。
http://www.straightree.com

THE VOID
ニーハイメディアから出版された、石川直樹による最初の長編写真集。ニュージーランドのノースランドで、先住民マオリの聖地として受け継がれる森の原生林を収めた一冊です。