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Jomon Fieldwork
賢者の欠片

津田直
vol.11

いまから遡ること2,500年から13,000年、日本の歴史がはじまるずっと前に、日本各地で繁栄した縄文文化。このシリーズでは、フォトグラファー津田直が独自のフィールドワークを通して、縄文の歴史を紐解く新しいピースを拾い集めます。第11回は、青森県・八戸を探索したエピソードです。

11/04/2021

黒と赤が取り巻く世界のなかで

今からおよそ3000年前の話に遡る。場所は岩手県北から青森県八戸市へと流れる新井田川に面した台地の集落だ。そこに生きた人々は、いつ頃からか森を伐り開く知恵を身につけて、草地の広がるところへ住居を構え、近くにはクリ・トチ・漆の木を群生させた林を自ら作り、暮らしていた。その外には里と山があり、さらに奥へと歩んでゆけば深い原生林へと小径が続いていた。日々の暮らしを支えていたのは、森で獲れる鹿やイノシシなどの動物をはじめ、季節ごとに手に入る食材だった。なかでもクリやトチの実は栄養価が高く、収穫した後に水場でさらしてアクを抜き、調理すれば食すことができた。海の産物は、川を道として移動しながら距離を結び、手に入れることができた。ムラの生活は、まさに山の恵みと海の恵みを頼りに成り立っていたと言っていいだろう。

今、僕があたかも時空を飛び越え、ここ是川の縄文人の暮らしをこの目で確かめたかのように、すらすらと描けたのは是川縄文館のお陰である。この施設は博物館のようにも見えるが、実際には県の埋蔵文化財センターとしての役割を担うところで、立派な展示室もあるのだが半分は収蔵庫など業務エリアが備えられている。先に述べたここでの暮らしや周辺の自然環境がおおかた想像できたのも、土を掘り返し発掘調査を重ねてきた先達や研究者達の不断の努力の成果というわけだ。

是川へは、まだ縄文館ができる以前にも旅の途中に立ち寄ったことがあったが、その日に見た漆製品のことが忘れられず、もう一度縄文の色彩に出会いたいという思いが募り再訪したのだった。縄文と言えばその代表格として取り上げられるのは、土器や土偶であることが多い。そのような意味でも脳裡に浮かぶ色彩と言えば、おそらく茶褐色ということになるだろう。だが、そんなつもりで是川縄文館を訪れたら少々面食らうことになる。それは是川石器時代遺跡から出土した物のなかに、漆器をはじめ植物質の遺物が多数含まれていたからだ。

「えっ、なぜ3000年前の木製品が今に残ったの?」という声が聞こえてきそうなので答えておくと、発掘された低湿地は空気が遮断されていたため、通常であれば残存することの難しい漆製品、獣や魚類の骨、種子や花粉までが見つかっているという。その奇跡的な出土品のなかには、形状のはっきりと分かる漆塗りの弓や飾り太刀、まるで秋田の曲げわっぱのような樹皮製容器の一部までが含まれていた。展示ケースに張りつくようにして覗き込んだ樹皮製品は、制作過程で紐か何かでかがったステッチまでがはっきりと線を残し、漆を塗り込んだ上部には縄文人の小さな指紋が見て取れる。父親か、母親かが作った後、乾く前に子供が触ってしまったのだろうか? そんな家族の光景すら目に浮かんでくる。ちなみにこの曲げわっぱ風の容器は別で蓋も見つかっているようで、蓋をはめると真っ赤になるような造りになっていると教えてもらった。

黒漆に重ねられた赤漆という二重奏の美は、独奏という旋律にはない深みを帯びて迫ってくる。それは一体何を意味しているのだろう。かつて北の縄文を巡った際に出会った研究者が「人の身体のなかで生きている時に血は赤く、死が訪れると黒く変化してゆくけれど、漆器の成り立ちには似たところがあるね」と話してくれた言葉が蘇ってくる。仮にその言葉に倣えば、我々日本人の死生観の根源は、縄文人の意識と共に歩みはじめ、今日まで少しずつ刻み込まれてきたのではないかと思えて仕方がない。

<PAPERSKY no.47(2015)より>

津田直 × ルーカス B.B. 対談動画
2019年9月21日〜11月24日に長野県八ヶ岳美術館にて開催された津田直展覧会「湖の目と山の皿」会場で上映された、津田直とルーカス B.B.による縄文フィールドワークについての対談動画です。


津田直 Nao Tsuda
1976年神戸市生まれ。世界を旅し、ファインダーを通して古代より綿々と続く、人と自然の関わりを翻訳し続けている写真家。文化の古層が我々に示唆する世界を見出すため、見えない時間に目を向ける。主な作品集に『SMOKE LINE』、『Storm Last Night』(共に赤々舎)、『Elnias Forest』(handpicked)がある。
tsudanao.com