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Japanese Fika

いとうせいこうと
東西が融合した新・茶会 

vol.5 ディジュリドゥ奏者・画家 GOMA

“Fika”とはスウェーデンの習慣で、家族や友人、職場の同僚とおやつをつまみながらコーヒーやお茶を飲むブレイクタイムのこと。いとうせいこうさんが亭主になって、お茶とお菓子とお花で客人を迎える「Japanese Fika」。5回目のゲストはオーストラリア先住民族の伝統楽器、ディジュリドゥ奏者のGOMAさん。2009年、交通事故によって高次脳機能障害を負うも、事故後から描き始めた緻密な点描画で画家としても注目を集め、数々の作品を世に送り出してきました。昨夏にあったGOMAさんの個展以来、久しぶりの再会となったふたり。まずはGOMAさんの独創的な絵の世界をテーマに、本日のFikaが始まります。

08/01/2022



GOMAさんは知らない時空間の深い話を優しく教えてくれる。
僕にとって宇宙飛行士みたいな人です。

ーいとうせいこう


光の世界への旅を繰り返し 鮮明になるイメージを絵に

せいこう:恵比寿の個展で会って以来ですね。白一色での表現とか、過去の作品から変化が生じていてすごかった。心境の変化というか、手が変化しちゃっているの?

GOMA:イメージの変化ですね。後遺症があるから、いまだにあっち側の世界に連れていかれてて、そこから意識が回復してきたときに新しい絵が浮かんでくるんです。向こうへの旅を10回、20回、30回と繰り返していくと、そのイメージが鮮明になってきて、ディテールを観察できる。以前はこっちに戻りかけぐらいの景色までだったのが、今はもうちょっと深いところまで認識できます。

せいこう:行っている間のことがわかるということ?

GOMA:自分のなかに観察しようっていう意識が出てきてから、目が覚めても何かが脳のなかに残っているんです。絵的な世界というか、夢のようだけど夢じゃないような光の世界がずっと張りついているんです。白い光は2〜3年前くらいから見始めていて、今認識できているなかではいちばん遠くの世界。現実に近づくほど青とか赤とか色がつき出すんです。

せいこう:その光があっち側の世界?

GOMA:あっちの世界とこっちの世界があるとしたら、ゲートじゃないかな。その奥には「死」のほうに近づく深いところがあって、行ってしまうともう戻ってこられないのかも。僕が見ているのは、こっち側の「生」にずっと近い、小さな一部なんだと思います。

せいこう:あっちの世界に行っているときは苦しかったりしない?  戻るときとか。

GOMA:感覚はないんです。全部が流動的というか、一体化しているというか。何にでもなれる、どこにでも行けるような。

せいこう:つまり自由なんだ。怖さもない?

GOMA:どちらかというと希望に溢れています。こっちの世界に意識を引き戻してくれる光だから。そこから戻ってくると、徐々に体に意識が入って安定してきて、痛みとかが出てきて、現実の世界に着地します。

高次脳を飛び越え、サヴァンへ

せいこう:GOMAさんの場合、医学的には前頭葉の機能の麻痺ということですよね。そうすると言葉がなくなってくるの?

GOMA:傷ついた部位で変わりますが、前頭葉は司令塔だから体の細部への指令を伝達する神経が切れると喋れなくなるし、立っていられなくなるし。見えているんだけど理解できず、文字を読もうとしても象形文字みたいに見えてしまう。昔は1日の大半がその状態だったけど、違う神経の回路が構築されてきたらいろいろできるようになってきました。僕のように高次脳機能障害(以下、高次脳)と闘っている人は日本で30~40万人、世界には何百万人もいる。僕たちは今までの地球上にはなかった人類の層なんです。

せいこう:確かに人種っぽい。

GOMA:今までなら亡くなっていた人たちのゾーン。医療がどんどん進化して、戻れるようになって、増えてきたんです。

せいこう:でもその人たちがみな絵を描くわけじゃなくて、それぞれ違うんだよね。

GOMA:高次脳から特化したものが出てくるのはレアパターンのようです。僕がそれに気づいたのは3〜4年前にNHKの企画で渡米して、脳の世界的な権威の博士に診てもらったのがきっかけ。それまで脳のなかで何が起こっているのか、僕自身わかっていなかった。でも博士から高次脳を飛び越えて、後天的なサヴァン症候群の状態になっていると言われたんです。だから覚悟を決めなさい、とも。

せいこう:どういう覚悟を決めろって?

GOMA:もう普通の生活はできないから、そこを伸ばすことを考えていかないと苦しい、と。アメリカの研究者たちは僕みたいな症例を世界中から集めていて、当時で100人ぐらい。わかっているのは、脳が1回壊されて再起動したということ。どのような特化が起こるかは傷のつく場所によって変わるそうです。左脳は計算とか言語とか、右脳は感覚的なもので、僕は左脳の傷が原発であんまり働いていないから、その分、右脳が発達して感覚的なものでカバーしています。

せいこう:逆パターンだと、どうなるの?

GOMA:アメリカで会ったひとりは、数学の博士になっていた。彼はただのパーティーピープルだったのに、意識が戻ったら景色が全部数字に見えて数式を書き出した。ある日カフェで数式を書いていたら、数学の大学教授にたまたま見かけられて、それが宇宙の法則みたいなものだとわかったそうです。

せいこう:出会いが大切なんだ。GOMAさんも番組があったから、客観的に自分の状態が見られるようになって、倒れても「観察しよう」という気持ちになれたわけだし。

GOMA:そうですね。それまではいつかもっと回復してよくなる、乗り越えられるって思っていた。実際、ここ10年でちょっとずつ体も動きやすくなってきてたし。それが、もうそこを武器にして生きるしかないよって言われて覚悟が決まったって感じです。自分にしか表現できないものを提示して、何かしら社会に役立つものに変えていきたいと思うようになりました。

せいこう:そうか、「シン・GOMA」になったということだね。

幻の楽器を蘇らせるために

せいこう:この前、アイヌの人たちとの音楽フェスで、彼らが使っていたディジュリドゥと同じような楽器と、それを描いた絵が出てきたって話をしていたよね。

GOMA:昔オーストラリアのディジュリドゥ屋で働いていたころに、文化人類学の研究者から日本にもディジュリドゥみたいな楽器があるという話は聞いたことがあって。3〜4年前から北海道の釧路でアイヌ文化の振興を手伝っているんですが、初めて行ったときにその楽器を見たんですよ。

せいこう:導かれたね。

GOMA:レックタルというんですが、トンコリやムックリなど他のアイヌの楽器と違って、資料が残っていなくて、吹き方もわからない。でも、素材は北海道に自生するエゾニュウという植物で、生命力が強くて簡単に手に入るので、産業にできないか調べ始めたんです。そうしたら、初めて北海道の地図を作成した松浦武四郎さんがアイヌの人たちの生活模様を絵日記に残していて、そこにレックタルについても描かれていることがわかったんです。それと実際に使っていたのを知っている世代の人も見つかりました。

せいこう:ぎりぎり間に合ったね。でも、フェスでGOMAさんが吹きこなしているのを聴いたよ。もう蘇っているんでしょ?

GOMA:あのときはかなりオリジナルの奏法で。ディジュリドゥとよく似た音が出るので。

せいこう:楽器が嫌がっている感じがまるでしなくて、「俺、本当に音を出したかったんだよ」って叫んでるみたいで、感動した。絵の他にも、GOMAさんの使命がいろんなところで生まれているんだって思った。

GOMA:そうですね、そこはやらないと。エゾニュウの収穫とかチューニングとか、アイヌの人たち自身でできるようになったら、彼らの文化として再生できるのかなと思っています。

せいこう:今のアイヌ音楽は、じつは低音がひとつ抜けていたわけだよね。レックタルがあって、完成する。音はもう出ているから、それを聴ける日も遠くない、絶対。すごい、わくわくするね。シン・GOMAとして、今後もいろんなウェーブに乗っていってください。

Japanese Fika Table

Tea | SUKUMO HERBのブラックペパーミント
高知県宿毛市で農薬を使わずに育てられたハーブをお茶に。スパイシーな香りのブラックミントに番茶をブレンド。茶器はメキシコ土産のポットとメスカルカップ

Sweet | 檸檬とラクダのレモンケーキとレモンクッキー
発酵料理人・兼子有希さんが手がけた発酵菓子。レモンの香りと酵母を使った甘さ控えめの焼き菓子は、ハーブティーとよく合う。

Flower | オーストラリアの草花の風景
白と緑のさわやかな姿のフランネルフラワーはディジュリドゥと同じくオーストラリアが故郷。ユーホルビアと合わせて。花器に見立てた土器は熊谷幸治作

ディジュリドゥ奏者・画家 GOMA
1973年、大阪府生まれ。94年、オーストラリア先住民族の管楽器ディジュリドゥに出会う。オーストラリアへの修業の旅を経て、音楽家として海外にも活動の幅を広げていた2009年、交通事故に遭い高次脳機能障害と診断され活動休止。一方で、事故2日後、緻密な点描画を突然描き始める。自由な発想と独特な色彩感覚で画家としても活動。2018年、サヴァン症候群の世界的権威の精神科医ダロルド・トレッファート博士から「後天性サヴァン症候群」と診断される。現在はディジュリドゥ奏者、画家として、また講演会など多岐にわたり活動。著書には画集『モナド』(谷川俊太郎との共著)などがある。


いとうせいこう
1961年、東京都生まれ。作家、クリエイターとして、活字・映像・舞台・音楽・ウェブなどあらゆるジャンルにわたる幅広い表現活動をおこなっている。近著に『自由というサプリ 続・ラブという薬』(星野概念との共著、リトル・モア)がある。

text | Bunshu photography | Atsushi Yamahira Flower | Chieko Ueno (Forager)