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それは舞台芸術という名の「社会運動」

仕立て屋のサーカス創設者
音楽家 曽我大穂

 

05/01/2022

暗闇の中で光が溶け、音が散り、布が舞う。
すべてが即興舞台。その時間限りの光と音と布の共演である。

仕立て屋のサーカスの舞台上で「なにが起きているのか」。その正確な説明は難しい。「許されている場所」、「精神性を感じる祝祭」、「別世界へ飛べる装置」と観客は目の前の光景をさまざまに表現する。


舞台の登場人物は、フルートやカヴァキーニョ、テープレコーダー、トイ楽器などを手に即興で旋律を奏でる曽我大穂さんとコントラバス奏者のガンジーさん、そして大きなハサミをもってたっぷりとした布を刻み、結び、ミシンを操るスズキタカユキさんの3名。彼らを中心に、公演ごとにジャンルの垣根を越えたゲストメンバーが加わる。

「名前のつく以前のものを作ってみよう、目指してみようというのが仕立て屋のサーカスの始まりなんだよ」

舞台の根幹を支える大穂さんはそう話す。

「全てのものに初日はあるよね。たとえば、ジャズやレゲエが誕生した瞬間にはその現象だけがあってまだ名前はない。だから『〇〇に似たやつ』『あれ』『それ』としか言い表せない。けれども名前がつけられて、それを生み出した人たちがこの世を去った100年、1000年後の現代に生きる僕たちはそれらを使ったり楽しんだりして生きている。その流れを汲んだ、根源的に語り継がれる舞台芸術作りにチャレンジしたかったんだ」

その構想に色濃く絡むのは、高校卒業後にヒッチハイクで訪れた東北地方の神楽や、その道中に知った現代サーカスの包容力や空気感。時間や演出などの「約束事」を強いられないあり方に惹きつけられた。

「とある東北の村へ、昔から続く神楽を見に行ったの。でも開始時間になっても広場には誰もいないし祭の気配もない。そこからぬるっと『それっぽいなにか』が始まって、勢いづいて、またぐだっとする。と思えば、仮面を被った観客のおじさんがいつの間にか神楽の中心に躍り出たり、それを見る子供たちは木を登り降りして勝手に帰ったりする。いろんなことが曖昧だったの。いろんな『境界』が曖昧というか。それがすごく……心地よかったんだよね」

振り返れば、目的だったはずの神楽ではなくその時目にした全ての光景が心に残っていた。神楽越しに見えた遠くの森、入り混じる出役と観客、はじまりも終わりもないぼんやりとした時間の流れ。それは、作為的な演出の対局にある、長らく求めた表現者と観客との関係性に思えた。

「なにかのライブや舞台を観る時、『ここは面白いところです』『見所です』『感動するところです』『だから集中してみなさい』的な演出やコントロールされた見せ方に違和感がずっとあったからね。東北の神楽で見たもの感じたものが、そのもやっとしたものを解消してくれるヒントになったの」

誰かがつくった決まりに縛られない。その囚われない自由は、仕立て屋のサーカスの運営にもみられる。

まず「満足したら舞台の途中で帰ってもいい」。大穂さんは実際にこれを実行し、メンバーを含め観客一同を驚かせたことがある。思いつきで演奏中に突然朗読を始めたり(今ではすっかり定番となった)、観客の前で照明機具の点検や修理したりすることも厭わない。

それから、出演者でありながら気分が乗らず舞台に出たくないと思えば出演を拒否していい、とも。「家族の中で許されることが社会の中でも同じように許容されたらいいのにと思うから」と何気なく大穂さんは続ける。

「チームにおける仕組みとか社会規範からの決めつけとか、世の中には目に見えないいろんな『線』がある。それがぼんやりすればいいなって。その曖昧さが、たくさんの人の心をほっとさせるんじゃないかな」

その役割、大穂さん曰く「滲ませ役」。そう思い今までにいくつかの実験を行なってきた。

わかりやすい取り組みに、「仕立て屋のサーカス」の公演では18歳以下の入場料が無料というものがある。ただ18歳というのも目安でしかない。今お金に困っていたり、なんとなく気分的にそうだからという理由で40代、50代の方が活用してもいい。 

それから開演中に自由に席を移動してもいい。写真や動画撮影もご自由に。子供たちが大声を出しても構わない。食べたり飲んだりもお好きにどうぞ……(仕立て屋のサーカスの舞台の隣にはいつでもパンやコーヒー、カレー、胡椒、帽子、本、楽器など個性豊かな市場が出現する)。

仕立て屋のサーカスでは、ここにいる誰もが許され、尊重され、各々のままにいられる制約なき公共空間が広がっているのだ。

「ひとりでバックパッカーをした学生時代、すごく幸せだった。生きているだけで人に迷惑をかける、長く喋ると嫌われるって思っていたから。ひとりならば忘れものをしても誰にも怒られないし、うんざりされることもないもの」

そう思っていた子供の自分、同じようなことを思う子供や若者たちが、ふわっと潜り込める人の群れ。「それが仕立て屋のサーカスで想像することなのかも」と大穂さんは呟く。

そんなふうに頭の中ではいろいろなことを考えている。けれども最重要課題は「仕立て屋のサーカス」を何百年も先まで残る「強度のある舞台芸術」として成立させることにある。

「面白い舞台を作ることは大前提。それでいて『名前のない舞台』を目指すために今の社会の仕組みとか日本とかが作っちゃっただけの、ほぼ全員が考えることをやめてしまった『決まり事』をちょっと滲ませていきたい。いろんな実験が必要だね」

ここに来て、見て、聞いて、音を、光を体の中で転がしてほしい。
そこになにが見えるだろうか。


・参考書籍
『したてやのサーカス(監修:曽我大穂、編集・聞き手:高松夕佳)』




【仕立て屋のサーカス 東京公演】

日時:2022年5月2日〜5月5日
場所:東京ルミネゼロ
住所:東京都渋谷区千駄ヶ谷5-24-55 NEWoMan Shinjuku 5F 
・詳細は、こちらからご確認ください。


*CINEMA dub MONKS、仕立て屋のサーカス、他プロジェクトにて曽我さんらと活動をともにしてきたガンジー西垣さんが、2022年3月29日に逝去されました。心からご冥福をお祈りいたします。

曽我大穂
1974年生まれ。音楽家、多楽器奏者。「仕立て屋のサーカス」では基本設計、総合演出を担当。ハナレグミ、二階堂和美をはじめ様々なライブやレコーディングサポート、テレビCM音楽の演奏制作、即興演奏のソロ公演など幅広く活動する。