料理研究家・山戸ユカさんと旅するニューヨーク・アップステート

近年、ニューヨークの都市部から若手農家が続々と移住しているというアップステート。マンハッタンから電車でも車でも2時間というアクセスの良さにも関わらず、豊かな自然が残るハドソンバレー周辺は、都市と繋がりながら農業をするのに […]

08/09/2016

近年、ニューヨークの都市部から若手農家が続々と移住しているというアップステート。マンハッタンから電車でも車でも2時間というアクセスの良さにも関わらず、豊かな自然が残るハドソンバレー周辺は、都市と繋がりながら農業をするのにうってつけの土地。事実、彼らの作る食材を求めて、都市部からシェフや観光客が押し寄せている。ニューヨークの人の流れすら変えてしまった新しい農業の形を探るべく、料理家・山戸ユカさんとハドソン川を北上した。
 
「高原地帯だからですかね、種類もたたずまいもうちの店で使っている野菜とそっくりで、びっくりしました」
ケールやラディッシュ、葉つきニンジンなど、目を輝かせて手に取る料理家の山戸ユカさん。毎週末ハドソンに立つファーマーズマーケットをまわり終わるころには、持ちきれないほどの野菜を買い込んでいた。
ユカさんにとって野菜は特別な存在だ。山梨県北杜市で夫と営む「DILL eat, life.」は、玄米菜食を中心に心も体も健やかになれる料理を提供するレストラン。「ヴィーガン」や「ベジタリアン」といったスタイルだけが先行しがちな昨今だが、けっして考え方の押しつけはしない。
「チキンや魚も使いますが、北杜市はとにかく野菜がおいしいんです。店では地元の有機野菜を使っていて、季節ごとの味の変化も楽しめますし、なにより食べた後に体が軽いというか、健やかになれる感覚があるんです。おなかいっぱい食べても疲れない。そんな料理が理想ですね」
料理の話をするとき、ユカさんは何度も「健やか」という言葉を使う。「おいしい」のは当たり前。でも「おいしい」を追い求めた先が「不健康」だとしたら、それは本当に幸せな食のあり方ではないと思うから。
ユカさんの料理への道は一本道ではなかった。東京・吉祥寺の生まれ。福祉関係の短大に進み、介護福祉士の資格を取得。卒業生の9割以上がその道に進むなか、ユカさんはひとり立ち止まる。
「まだ20歳そこそこで、なんでみんな将来を決められるんだろうって思って。自分が本当にやりたいことをもう少し時間をかけて探してもいいんじゃないかなって」
とにかくいろいろな世界を見てみよう。もともと料理は好きだったが、カレー店のキッチンに入ってみようと思ったのは、洋食屋を営み、厨房に立つ父の姿を見て育ったことも無関係ではなかった。その父が58歳のときに他界。癌だった。食欲が落ちていく父の姿を見て、強く思ったことがある。
「食べるって大切なんだ。健やかに生きるには、健やかに食べることが基本なんだ」
その後は玄米菜食を中心とした料理家として独立。雑誌へのレシピ提供や、料理書の出版、自宅に生徒を招いての料理教室などを通して、日々の食事で健やかに暮らせるアイデアを提案してきた。
転機が訪れたのは2013年。アウトドアメーカー勤務だった夫とともに山梨県北杜市に移住し、店を開くことを決めた。それまでの東京での生活は順風満帆。料理研究家としてコンスタントにレシピ本を出版し、玄米菜食の料理教室も連日満員。周囲からは「もったいない」との声もあった。
「もともと夫婦そろって大のアウトドア好きで。夏は登山やキャンプ、冬はスキーと、暇さえあれば自然のなかへ出かけていました。数年そういう生活を続けていると、自分たちの趣味と仕事にはっきり線を引くことができないというか、分けて考えることのほうが不自然じゃないかと思うようになったんです。店の名前を『DILL eat, life.』としたのは、食べることと生きること、という意味もありますが、料理をつくることと自然のなかにいること、両方そろって自分たちの生活だという想いも込めているんです」
この秋で開店4年目。週末は東京や名古屋などから足を運んでくれる人で満席になることある。でも、とユカさんは続ける。
「まだまだ地元に根づいているという感覚は薄くて。地元の人はあまり外食する習慣がないですし、自分たちの畑で野菜をつくっている人が多いので、わざわざ野菜料理を食べにいこうという発想はまずないんです」と寂しげに言う。
そんなとき、地元でこつこつと有機野菜をつくる若手農家に出会った。彼も横浜から移住し、ゼロから農業を始めた人だった。
「彼のつくる野菜はすごくきれいなんです。形が整っているとかそういう美しさではなくて、生命力が爆発しているような力がたたずまいに表れているというか。都会から来た人にとってはちょっと苦いかな? と思うくらい味が濃い。でもそれが野菜本来の味なんだと気づいたとき、みんなすごく驚くんです。私だって毎日びっくりしてるくらいですから(笑)」
地元野菜の圧倒的なおいしさに気づいたユカさんは、より強く、地元の人にも料理を食べてもらいたいと思うようになる。
「自分が作物をつくっている土地や、そこで生まれる食文化の豊かさに、ぜひ気づいてもらいたいと思うようになったんです。それは外から入ってきた私たちだからこそわかる感覚で、DILLがそれを伝えていけたらいいな、と。おこがましいんですけど」
とはいえ、なんのコミュニティもない場所で一軒の店ができることは知れている。気持ちだけが空まわりするような状態が、ここ1年ほど続いているという。そこに来て、今回のアップステート探訪である。「マンハッタンから電車で2時間」、「高原野菜の産地」とDILLの環境と共通点が多いこともあって、ユカさんは訪ねる農家やレストランで意見交換を重ねていた。なかでも印象に残ったのは、2004年、まだほとんど観光客のいなかったハドソンに、農場直結型のレストラン「Swoon Kitchenbar」をオープンしたオーナシェフ、ジェフリー・ギンメル氏との話だったという。
「開店当初、『地元野菜を使っていますよ』と言っても、だれも気にもとめてくれなかたそうです。それでも、自分で車を運転して本当においしいと思える地元の素材を探したり、つくり手たちと直接人間関係を築いたり。マンハッタンで成功を収めたシェフがそこまでするなんて、と驚きました」
徐々にギンメル氏の料理の評判は広まり、人々は地元産の食材のすばらしさとその価値を、自身の舌をとおして知ることとなる。
「どれもシンプルな料理なんですが、どの食材も時間をかけて正確に下処理がしてあることが食べてみてわかりました。つくり手の苦労を知っているからこそ、素材をていねいに扱えるんですね」
農家やシェフが緩やかにつながりながら、地元の作物と食文化の価値を再定義する。ユカさんが目指すべき地域の姿が、ハドソンバレーのそこここにあった。
「自分たちの力だけじゃ何も変えられない。今まではそこで止まっていたんですけど、そうじゃないんですね。私たちの地域のなかにも、アクションを起こせば賛同してくれる農家さんやお店もあるかもしれない。食をとおして、自分の暮らす土地や人々が健やかになっていく。そんなふうになればいいなと、今回の旅で思いましたね」
ひとりのシェフが地域の食意識を変えるきっかけになり得ること。ハドソンバレーの旅で得た、大きな「収穫」だった。
 
山戸ユカ | Yuka Yamato
料理家。玄米菜食を中心に雑誌・書籍などでレシピ提案を行う。東京をベースに活動後、2013年に山梨県北杜市に移住。夫とレストランDILL eat, life.を営む。趣味のキャンプや登山を活かし、アウトドア料理も多く手がける。アウトドア出版ユニットnoyamaの一員としても活動中。最新刊に『DILL EAT, LIFE. COOKING CLASS 野菜を美味しく調理するコツと、12か月の献立レシピ』(グラフィック社)。
» PAPERSKY #51 Upstate New York | Farm & Table Issue