写真家 高橋ヨーコに訊く、サンフランシスコ・ベイエリアでの時間

自分自身を見つけられる新しい場所を探して、2010年にベイエリアに移り住んだ写真家・高橋ヨーコさん。バークレーは好きなカフェとコインランドリーがあり、人と知り合う機会が多い街だと話す高橋さんに、サンフランシスコ・ベイエリ […]

05/07/2015

自分自身を見つけられる新しい場所を探して、2010年にベイエリアに移り住んだ写真家・高橋ヨーコさん。バークレーは好きなカフェとコインランドリーがあり、人と知り合う機会が多い街だと話す高橋さんに、サンフランシスコ・ベイエリアに住むおもしろさについて尋ねました。
― 2010年からバークレーに移り住んだとか。その動機は?
高橋ヨーコ:自分のことを誰も知らない街に行きたいっていう欲求が小さいころからあった。ぼんやり、人生のうち一度は日本じゃないとこに住みたいって。仕事でアメリカ、特にLAにはたくさん来ていたんで、ここなら住めるかなと気軽な感じで考えてた。でも具体的に想像してみると、LAってちょっと広すぎるなと。英語もきちんと覚えたかったし、友だちをつくるためにも自分に適したコミュニティを探す必要があるでしょ。そういうタイミングで知人からバークレーはちょうどいいサイズだよって聞かされた。じゃあそうするかなというノリだったんですけど、実際、住んでみたらやっぱりほどよい広さの街でしたね。
― ここに住んで内面的に変化した部分は?
高橋:日本にいるときはとにかくマイペースで、友だちはいるんだけど、仕事が忙しいのもあって誰かと夜一緒にご飯を食べにいくとか遊びにいくなんていうのがあまり好きじゃなかった。非社交的とでもいうんですかね。そんな自分が今やもう(笑)。知り合いがいない土地にいきなり家を借りて、いわばゼロの状態からスタートしたもんだから、ひきこもってちゃいけないと(笑)。まずはバークレーで英語学校に通い始めたんですけど、じつに多様な国籍の、しかも年齢も千差万別の生徒に囲まれて、いきなりたくさんの友だちができた。モントリオールから来てる「シルク・ド・ソレイユ」のプロダクションマネージャーとか、コロンビアの国会議員とかね。そういうなかでどんどん楽しくなってきたうえに、日本の雑誌などからの依頼でベイエリアのクリエイターとかシェフに取材する機会も多くなってきた。自分がフォトグラファーだと知ると、クリエイティブに関わる人たちからの誘いもどんどん増えてね。誘われたら断らないという感じだったので、いつの間にか、飲めなかったお酒と英語がいっぺんに自分のものに。だから自分のなかではアルコールと英語がリンクしていて、お酒を飲むと自然に英語で考え事をするようにまでなってしまったんです(笑)。
― ベイエリアに住むおもしろさとは?
高橋:やっぱりサイズの問題が大きくて、街中で知り合いに会うことも多いし、初めて会った人が友だちの友だちだったなんてことも少なくない。いきなり、お前のことは聞いてるぞー、なんて。そうやって次々とつながっていく感じはおもしろいかな。あとはクリエイティブな仕事に関わっている人と知り合う機会が多いのも楽しいことのひとつ。たとえばNYでレストランとかショップを始めるとか、アートや音楽で活躍するとなるとそれなりにハードルが高い。でもここはもう少しオープンな感じがあって、クリエイティブの機会を求めてやってきたおもしろい人たちが集まる土地にもなっていると思う。特にフード関連は全米中でも特別、レベルの高い場所になっていて。東京にいたときは食に興味がなかったんですけど、相当、詳しくなりましたね。
― 好きな場所は?
高橋:カフェとコインランドリー(笑)。なぜかこの街、ランドリーが多くて。ランドリー好きなんです、自分。あとキャンプに行って火を熾してホットワインとかコーヒーを飲むのが楽しい。朝起きたら鹿が走っているようなキャンプ場だって近くにたくさんあるし。
― どんなライフスタイルを目指している?
高橋:日本に住んでいるときはよくユニークだねと言われて、それは褒め言葉だ、嬉しいと感じてたんですけど、こっちはやっぱりユニークな人ばかり。だからここでもユニークだと言われるよう、がんばります。
 
高橋ヨーコ Yoko Takahashi
京都府出身。大学5年生のときに写真の道に進むことを決意。プロデビュー後は、CM、エディトリアル、作品づくりなど幅広く活躍。「SEA STORIES/Haruka Ayase」「蒼井優/トラベル・サンド」「イースト・サイド・ホテル」など多数の写真集の他、自身で撮影、発行を手がけるフォトマガジン「ontario」が欧米、日本で好評を博している。
 
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