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山と道の夏目彰さんと台湾ハイク&バイクの旅

夫婦ふたりで始めたプライベートブランドから、日本のウルトラライト・ハイキングシーンをリードする存在へと急成長を遂げた「山と道」。いまやその名は香港や韓国など東アジアにまで広がっているが、なかでも台湾との関わりは深く、20 […]

05/01/2019

夫婦ふたりで始めたプライベートブランドから、日本のウルトラライト・ハイキングシーンをリードする存在へと急成長を遂げた「山と道」。いまやその名は香港や韓国など東アジアにまで広がっているが、なかでも台湾との関わりは深く、2018年には台北のセレクトショップ「COW RECORDS」と共同経営するアウトドアショップ「samplus」を台北に開いたほど。そんな「山と道」とその代表を務める夏目彰さんと台湾の関係は、2013年、創業間もない「山と道」に来た海外からの初のオファーが台湾だったことに始まった。
「台北の『A.C.S.』というお店が「山と道」の製品を取り扱いたいと言ってくれて、僕らの地元の鎌倉にまで何度も来てくれたんです。数年後にやっと僕らも台湾に行けて、彼らと一緒に南湖大山という山に登ったんですけど、山はもちろん、台湾で出会った人の優しさや親切さに強く感銘を受けました」
台湾を旅する人が誰しも感じる、人々の優しさとホスピタリティ。バスの隣の席の人がお裾分けをくれたり、見知らぬ人が駅で切符の買い方を教えてくれたり、夏目さんもその旅で多くの優しさに触れたという。
「帰ってきて、こんなにすばらしい体験ができる台湾をもっと日本とつないでいきたいなと思うようになりました。それがひとつのかたちになったのが「samplus」なんです。さらに「山と道」のウェブサイトでは台湾のハイキングガイドをつくったり、外国人には難しいパーミッションの取得代行サービスを始めたりしました。それは「山と道」には一銭も入ってこない事業なんですけど、恩返しみたいな気分でやっています」
南湖大山への旅からこれまでに幾度となく台湾を訪れてきた夏目さんにとって、今回の旅はどのようなものだったのだろう。
「前半のハイクでは台北の街から陽明山という山を越えて海まで歩きましたけど、やっぱり最初から最後まですべて自分の足で歩くって、ほんと気持ちよかった。あと、今回は普段の旅以上にたくさんの人と出会う旅でしたね。なかでも初日に会ったジーさんは印象的でした。森のなかの素敵な家に住んでいて、なかに入ると陶芸の窯や見たこともない楽器がたくさんあって、そこで浮世離れした暮らしをしているのかと思ったらじつは元小学校の先生で、村で会う人がみんなジーさんの元教え子で(笑)。そのジーさんの紹介で小学校の図書室に泊めてもらったのも忘れ難い体験になりました。彼女は本当にあの村のローカルヒーロー。翌日はジーさんの家の裏山からまた歩き始めたけど、ジーさんは毎週仲間と集まってそこをハイキングしていると聞いて、ローカルの山も文化もすごく楽しんでいる、その姿がいいなって思いました」
ハイキング中の天気は終始優れず、雲のなかを歩くような旅だったが、雨に濡れたジャングルや霧のなかの金包里の幻想的な眺め、日本統治時代につくられた石畳の古い道や山に還ろうとしている棚田跡を巡る3日間は、台湾の歴史と風土に触れる旅でもあった。
「かつて魚を運ぶ交易路として使われていた道が日本軍の物資を運ぶ道になり、いまはハイキングで使われている。それでそんな道を歩いて海が見えたときは感動しましたよね。台北から歩いて海まで来たんだってことが、すごく嬉しかった」
台北からハイキングのゴールの金山区海興路までは、クルマなら1時間で行ける距離だ。だがそこをあえて3日間かけ、さまざまな人と交流しながら歩く旅は、その距離以上に濃密で、とてもぜいたくな時間だった。
そして4日目。旅はがらりとギアチェンジをし、一行はバスと特急列車を乗り継いで台湾東部の花蓮に向かい、台湾南東の台東を目指すバイクの旅が始まった。
「ハイクもすごくシンプルでパワフルだけど、一歩ずつ歩いていく感じがハイクなら、バイクはその一歩がびゅーんと伸びるというか、自分の体が拡張される感覚がおもしろかった。ハイクからバイクになったことでよりそれが感じられたのかも」
バイクの旅が始まるとそれまでよりスピードがぐんと上がり、何よりも太陽がやっと現れ、気候はいきなり真夏になった。
「花蓮の田舎はすごく美しい場所でしたね。国道は排気ガスもちょっと臭かったりするけど、ひとつ道を入るだけで景色がガラッと変わって、静かで。自転車の初日の夜に光復という街に着いて、『変わったな』と思いました。空気から人から雰囲気から、もう台北とは違う文化圏に来たなって」
光復から国道を離れ、台湾原住民の人たちが多く住む村落を行くと、ポリネシアを感じるような浅黒く彫りの深い顔が増え、ジャングルと水田の向こうに立つ高山のコントラストは、まさに台湾の原風景を思わせた。そして峠を越えて海岸線に出ると、景色はまた変わっていく。
「峠を登りながらふと振り返ると、ついさっきまでいた街が小さく見えて、さらに漕いでいくと、いつのまにか峠の上にいて。自転車の機動力の高さには驚きましたね。峠の下りもすごく気持ちがよかった。それまで田んぼと檳榔林だったのが、遠くに海が見えて、景色も植生もガラッと変わった」
そして台湾を旅する自転車旅行者が絶対に体験するのが、「加油(=がんばれ)!」の声援だ。トラクターに乗ったおじいさん、道端でバナナを売るおばあさんや子どもたち、道ゆく誰もが、「加油!」「加油!」と声をかけてくれる。台湾では全島をぐるりと一周する自転車旅行が「環島」と呼ばれ、ひとつの文化となっているためか、自転車で旅をする者には惜しみない声援が送られるのだ。
「台湾の自転車旅って特別だなって思うのは、やっぱり何よりも「加油!」。道ゆく人みんなが僕らを応援してくれるんだから、こんなに嬉しいことはない(笑)。それを味わいにいくだけでも価値があると思う。やっぱり台湾に来ていつも感じるのは、人の優しさ。もちろん自然も文化もすばらしいし、ご飯も美味しいけど、それ以上に人の優しさや親切に触れられて、『人っていいな、人生ってすばらしい』って感じられるのが台湾なんです。よく、台湾は親日家が多いから日本人に優しいっていわれるけど、親日以前に誰にでも優しいんじゃないかな。台湾では「優しい」ってことのパワーを感じます。優しいということはスマートで、かつ、みんながハッピーになれる、人が賢く生きていくためのあり方で、それを体現しているのが台湾だって感じています。日本人は台湾で学ぶことがすごく多いんじゃないかな。でもハイキング3日間、バイク3日間、合わせて1週間でこんな旅が完遂できちゃったのがすごいよね。めくるめく旅だったな」
夏目彰 |Akira Natsume
1973年生まれ。30代半ばまでアートや出版の世界で活動する傍ら、00年代から山やウルトラライト・ハイキングの世界に深く傾倒。2011年にアウトドアメーカー「山と道」を夫婦ふたりで始め、精力的な製品開発、鎌倉や京都や台北への出店、イベントやツアー、ウェブサイトを通じての情報発信など、新しいメーカーのあり方を模索しつつ活動中。www.yamatomichi.com
 
» PAPERSKY #59 TAIWAN|Hike & Bike Issue