予期せぬ一人旅|PAPERSKY Book Club

有人火星探査機「アレス3」で火星に着陸した6人のクルーたち。到着して早々、屋外作業中に風速175キロという砂嵐に巻き込まれ、やむなくMAV(火星上昇機)に戻り軌道上の母船へ帰還することになる。しかしその途中、風に飛ばされ […]

06/01/2016

有人火星探査機「アレス3」で火星に着陸した6人のクルーたち。到着して早々、屋外作業中に風速175キロという砂嵐に巻き込まれ、やむなくMAV(火星上昇機)に戻り軌道上の母船へ帰還することになる。しかしその途中、風に飛ばされたアンテナが、一人の宇宙飛行士のスペーススーツを突き破り、荒野にふき飛ばされてしまう。クルーたちは彼を諦め、5人で帰還を余儀なくされる…。映画化もされた『火星の人』はこんな絶望的な状況から始まる。
取り残されてしまったのは、植物学者、メカニカル・エンジニアのマーク・ワトニー。クルーの中では一番の下っ端の彼が、持ち前の創意工夫と、生きていくためのポジティブ力で、火星から地球へ帰還するための奮闘を描いた冒険SFだ。でもこれ、一人旅だとしてもかなりワクワクする状況でもある。
まず人のいない未開の地であること。どこまでも見通せるダイナミックな絶景、かつ人が誰もいない火星は、「死ぬまでに行きたい世界の〇〇」流行りの昨今、旅の地としては最高だ。
次に一人であること。しかも次から次へと問題が発生し、限られた設備の中で解決を求められる。どれほど深く考え行動したかは、物語の核となり、全編を通じてログ、彼の日記に綴られる。
最後に、これが絶妙だと思ったのが、コミュニケーションの不完全さ。通信機器は先に帰還したクルーと共に失われてしまったので、マークからはNASAに連絡を取ることはできない。ところが彼の行動は、衛星写真を通じて地球上のすべての人が見ている。遠く離れた火星で孤軍奮闘する彼の様子を、CNNが毎日30分番組で放送するほどだ。読者は、地球にいるような心配な気分と、火星の彼の気持ちを行き来しつつ、物語に胸躍らせることになる。そういえば旅先から来る手紙なんてコミュニケーションが、昔はあったなあなんて思い出したりもする。
もちろん僕らは火星に行くことなんてないし、そんな旅がしたいわけじゃないけれど、火星の一人旅でしかできない旅というものも確かにあるのだ。