海に浮かぶクジャク – 高橋染物店の大漁旗|大漁1

漁には神秘的な側面もある。焼津の漁師たちのあいだには多くの迷信があり、えさの選択から「船玉」(御神体として船内の神棚に祀るもので、起源は漁師の民間信仰であったといわれる。御神体の中身は、女性の髪の毛、サイコロ、お金。漁に […]

03/03/2014

漁には神秘的な側面もある。焼津の漁師たちのあいだには多くの迷信があり、えさの選択から「船玉」(御神体として船内の神棚に祀るもので、起源は漁師の民間信仰であったといわれる。御神体の中身は、女性の髪の毛、サイコロ、お金。漁に出ているあいだ、封印しなければならないものを小箱に入れて御神体としている)まで、あらゆることに影響を与えている。こうした言い伝えのなかで、もっとも目を引くものは「大漁旗」だろう。漁師のあいだでは、誰かが新しい漁船を買うと、仲間が船元に大漁旗をあつらえて贈るのが慣わしになっている。いまの大漁旗の目的はできる限りの幸運を祈願することと、漁船を華やかに彩り、海に浮かぶクジャクに変えることだけであるが、昔はもっと実用的な目的があった。
「もともと大漁旗は現在の無線のような役割を果たしていました」百二十年の伝統を誇る「高橋染物店」の高橋浩之は語る。「沖から旗を上げて帰港すれば、その日は大漁でこれから港の仕事が忙しくなるという合図で、旗が上がらなければ、漁がなかったという知らせでした」。創業当初はおもに着物の染色をしていたという高橋染物店だが、明治期に入り、ドイツから高品質の染料が焼津にも入り始めたのをきっかけに、高橋の祖父が大漁旗のデザインに手を伸ばした。「私がまだ小さい頃、父はいつも大漁旗をつくっていました。ちょうど焼津の漁業全盛期で、毎晩遅くまで大漁旗に向かっている父の姿をよく覚えています」。
旗づくりの作業をつづけながら高橋が言う。留め金でぴんと張った白いキャンバス地の上に、のりを薄くのばし、そこに染料を載せていく。絵の具の缶、ステンシル、筆、染料のくずなどが部屋中に転がっている。高橋が見せてくれたアルバムには、これまでに彼が手がけた大漁旗の写真が収められていた。デザインはすべて異なるが、どの大漁旗にも魚や船、波、富士山…といった縁起柄が描かれている。「いまと違って昔は漁船の数が多かったから、新年となると港は大漁旗をあげた漁船でにぎやかなものだった」。そう語りながら、高橋はアルバムのページをめくる。そこにはおびただしい数の大漁旗が風に揺られ、たなびく姿が写っていた。その華やかな光景は、いまや歴史の一コマとしてアルバムのなかにとどまるのみである。
「町の変化とともに焼津の文化も変わりましたよ」高橋は旗の一枚を洗い始めた。「もう大漁旗の注文がまとめて入ってくることは少なくなりました」高橋が現在つくっている旗の多くは「スポーツチーム、企業、出産祝い用のもの」だという。この町は確かに変わった。焼津の在りし日の姿を懐かしみたくなるだろう。しかしこの町は過去の栄光だけにすがってはいない。何かしらの神秘的なやり方で、焼津の住人たちは伝統を手放すことなく、いまの時代をフルに生きることに成功している。
高橋染物店 /Takahashi Somemono-ten
静岡県焼津市小川新町1-12-10
http://somechan.com/
 
This story originally appeared in Papersky No. 32 (p66-67).
English» For a good catch: The Floating Peacocks