やかん選び|PAPERSKY Japan club

数ある日用品、キッチン道具のなかでもやかんは特別な存在である。私たち日本人の暮らしにいつも寄り添ってきた道具であることは言うまでもないが、特別さを感じる理由は他にもある。あの「シュッ、シュッ」と耳心地のよい音をたてて働く […]

06/17/2019

数ある日用品、キッチン道具のなかでもやかんは特別な存在である。私たち日本人の暮らしにいつも寄り添ってきた道具であることは言うまでもないが、特別さを感じる理由は他にもある。あの「シュッ、シュッ」と耳心地のよい音をたてて働く姿。ふくよかな胴体ともの言いたげな注ぎ口が与えるキャラクター性。なんとも愛嬌があるではないか。モノ好きな人たちにやかん好きが少なくないのもそのへんに理由があるにちがいない。自分のそばにはやっぱりお気に入りのヤツを、と思うのが人情だが、いざ探してみるとこれがなかなか見つからないのである。
ひとくちにやかんと言っても多種多様。日本人なら誰もが思い浮かべるあのアルマイトのやかんに始まり、ステンレス、琺瑯などなど素材もいろいろ、形や色にいたってはそのバリエーションは数知れず。ひとつに絞ろうなんて無理な話と思っていたところに現れたのがこのやかんだった。ずばり「銅之薬缶」と命名されたこのやかん、日本各地の職人や手工業者と組み、良質なモノづくりをしていることで定評のある東屋がプロデュースしたもの。金属加工品の産地として知られる新潟県燕市で製造している。銅板を型に当てへらを押しつけながら成形する「へら絞り」という熟練工の存在が不可欠な加工法で製造されている。
銅製のやかんを目にする機会は多くないが、たまに見かけてもやや「伝統」を背負いすぎた感のある格式ばった雰囲気のものが目立つ。むろん値段も高価である。それだけにこのやかんの現代的で品と愛嬌のある印象はとても新鮮であった。利休好みの茶釜を彷彿とさせるようなぽってりとしたフォルム。伝統的な形を引用しつつも決して古くさくないのは余計な装飾を排し、銅という素材のもつ色と軽さの効果を計算に入れてデザインされているからだろう。この絶妙な意匠を手がけたのは希代の趣味人であり目利きとして知られたアートディレクターの渡邉かをる氏である。
銅は熱伝導性に優れ、除菌抗菌作用に加えて塩素分解の効果もあるという。つまり体に優しく美味しい湯を沸かすやかんの素材にぴったりなのである。銅はまた経年変化を楽しめる素材でもある。はじめピカピカの光沢もやがてしっとりした飴色に変わってくる。そうなればやかんはもう立派な家族の一員である。