峡谷の迂回を回避させるタミナ橋|スイス、民意を反映する土木(3)

スイス北東部に位置するザンクト・ガレン州。人口1500人強のフェイファースと、人口400人ほどのヴァランスという2つの集落は、深さ200mに及ぶタミナ峡谷によって分断されている。標高800〜950mに位置し、空気も澄んで […]

01/25/2017

スイス北東部に位置するザンクト・ガレン州。人口1500人強のフェイファースと、人口400人ほどのヴァランスという2つの集落は、深さ200mに及ぶタミナ峡谷によって分断されている。標高800〜950mに位置し、空気も澄んでいて温泉も豊かに湧くなど、環境的に恵まれたこの地域は農業と観光業に支えられてきた。
その環境をうまく利用し、ヴァランスでは世界的に有名なリバリテーション専門のヴァランス・クリニック(Kliniken Valens)が各国から多くの患者を集めているのだが、クリニックへと通じる道は斜面に造られており、カーブも多く整備も徹底されておらず、地滑りの危険と常に隣り合わせであった。また、ヴァランスとフェイファースも含む6つの集落で自治体が構成されているのだが、幼稚園と小中学校は各集落にあるものの、高校がフェイファースにしかない。整備されていない道を通り、下流のバート・ラガッツという村まで大きく迂回しないとフェイファースの高校に通えない地域も存在する。
地滑りのメンテナンスには年間30万スイスフラン(2010年のレートで約2400万円)がかかっており、自治体にとって大きな負担となってきた。ヴァランス・クリニックからも道路の整備を求める声が上がっており、自治体からザンクト・ガレン州政府に訴えかけ、タミナ峡谷の最深部200mの位置に橋を設置することが決まった。
両集落の住人を足しても2000人に満たず、ザンクト・ガレン州の50万人近い総人口の250分の1に過ぎない。しかし、この橋の建設費用が州政府の予算でまかなわれることに対する反対の声は少なく、問題なく計画が進められることになった。多数決が大前提という考え方ではなく、少数派の意見も聞き入れられ、共生しやすい社会を形成すること。そんな民主主義の大前提にふと気づかされると同時に、タミナ橋の計画プロセスからは、目先の損得勘定だけに左右されず、長い目線と広い視野で国の未来を考えるスイスの国民性も感じられる。
2012年9月にプロジェクトが開始。ヴァランス側の方が150mほど高い地点に位置するため、長さ5mの建材をフェイファース側から32本、ヴァランス側から23本をつないで中央で接合させ、左右非対称型のアーチを築いた。スイスのみならずイタリアやドイツ、オーストリアなどから24の業者がコンペに参加し、ドイツのシュツットガルトの企業が請け負う権利を勝ち取った。ザンクト・ガレン州土木課でプロジェクト・マネージャーを務めるジャン=ルイ・ナルドネさんが、最終案についてこう語る。
「コンペの審査は建築家、自然保護の専門家、政治家、エンジニアら10名によって行われました。標高差がある両岸をアシンメントリーの上路アーチ橋が結ぶのですが、両岸の地面の傾斜に合わせた角度で、地形と景観に最も調和するデザインということで選ばれました。エンジニアたちはスケッチを重ね、景観と調和するデザインを模索したのです。また、冬季は凍結を防ぐために塩をたくさん撒く必要があるのですが、この橋は吊橋のように鉄を使っておらず、塩気を含んだ蒸気で錆びる心配もありません」
両岸には必要な土地が購入され、橋にアプローチする道が新たに敷設された。そして、橋が設置されることによって、地滑りが起きやすかった従来の道1本が閉鎖された。スイスでは国の法律で、工事のために木を伐採したらそれと同等の面積を緑化しないといけない決まりがある。閉鎖された道路は周囲に木が植えられ、歩行者と自転車のみが通れる遊歩道となり、劣化してきた頃にアスファルトが除去される。アスファルト除去に無駄なエネルギーを使い、周囲の環境に負担をかけることはしない。そして、森の中でも整備が行き届いていなかったエリアを植林し、新たに道路を建設した面積以上に森の面積を広げる。プロジェクトの初期段階から自然保護団体との協力関係もあって進められてきたタミナ橋が完成し、2017年6月22日の開通を予定している。
次回、新たな形で蘇らせるべく工事を実施する古き水力発電所をレポートする。
  
取材協力:在日スイス大使館
https://www.facebook.com/SwissEmbassyTokyo