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PAPERSKY Interview 田中慎也/サイクリスト

名古屋を拠点に、独自のサイクルカルチャーを築いている名物店、「サークルズ」。自転車の奥深い魅力を、日本とポートランドから発信しているのが、「サークルズ」代表を務める田中慎也さんだ。オレゴンに育まれた自転車カルチャーと、こ […]

12/17/2019

名古屋を拠点に、独自のサイクルカルチャーを築いている名物店、「サークルズ」。自転車の奥深い魅力を、日本とポートランドから発信しているのが、「サークルズ」代表を務める田中慎也さんだ。オレゴンに育まれた自転車カルチャーと、ここに息づくものづくりの精神とは。田中さんの視点で語っていただこう。
 
—はじめに田中さんとオレゴン州の関わりについて教えてください。
「サークルズ」が運営する自転車のパーツ・ブランド「シムワークス」のアメリカの流通拠点をポートランドに置いています。当初は、バイクシーンが活発なサンタクルーズあたりで場所を探していました。でもベイエリアは賃料が高すぎてまったく手が出ない。そんなとき、クリスキング・プレシジョン・コンポーネンツ社(以下、「クリスキング」)の創業者であるクリス・キングから直々に、「うちのオフィスのスペースを使わないか」と声をかけてもらったことから、ポートランドに拠点を築くことになりました。「クリスキング」のプロダクトは昔から愛用していて、かねてから彼らのものづくりの哲学は僕たちのアプローチに非常に近いと感じていました。そういう共感を抱ける相手がポートランドにいたという点も大きかったですね。
 
—ポートランドと日本を行き来するようになる以前は、ポートランド、そしてオレゴンにどんなイメージを抱いていましたか?
今でこそポートランドというとサステイナブル・タウンというイメージがあるけれど、僕がシアトルに留学していた時代は、ポートランドといえば映画『ドラッグストア・カウボーイ』の世界、あのままでした。あれは1970年代のポートランドを舞台にした映画でしたが、20年前はまだジャンキーやホームレスのイメージを引きずっていた。1979年、ポートランド市は都市部と農地や森林などの土地利用を区分する「都市成長境界線」を導入しますが、そこから少しずつ、現在に至る街づくりを始めたんですね。一方で、ユージーンに本拠地を構えるオレゴン大学は伝統的に哲学科が強く、ヨーロッパの影響が色濃かった。そうした風土が、お金がなくてもアイデア勝負でやっていこうという野心的でクリエイティブな若者を引きつけたのでしょう。そうやって30年近くを費やして、「自然環境と都市文化が共存する街」、「ローカルファーストでエコフレンドリー」というアイデンティティをつくりあげてきたようです。
オレゴン州全体のイメージは、というと、「雄大な自然」のひと言です。マウントフッドのようないい山がたくさんあって、四季を通じて遊びには事欠かない。わざわざマウントフッドまで行かずとも、ポートランドのような都会の周辺にもいいトレイルがたくさんあるから、仕事に行く前や終わった後、さっとMTBでシングルトラックを走る、そんな生活が可能です。僕が好きな街はユージーンやポートランド郊外のエレクトンですね。
 
—田中さんはオレゴンのライフスタイルをどのように見ていますか? オレゴンの人々はどんなライフスタイルを送っているのでしょう。
オレゴンに暮らす友人はみな、自転車業界にいるんですが、朝早くから働いていますよ。7時くらいから仕事をしています。その代わり、昼過ぎには仕事を終えて、アウトドアに出かけたり子どもと遊んだり。プライベートを大切にするため、オンとオフの棲み分けや仕事の向き合い方を真剣に考えていますよね。
僕の友人にはフレームビルダーが多いのですが、ものに対する審美眼があってセンスがいいから、自転車だけじゃなくなんでもつくってしまう。ちょっとした家具とかオブジェとか、車のパーツとか。だから自転車以外のものづくりにも携わっているという、二足、三足のわらじを履いている連中が非常に多い。それはもしかしたら、フレームビルドというのは“好き”だけでは続けられない世界ということなのもしれない。成形して組み上げて……そればっかりじゃあ、疲弊しちゃうよね。現に、ちょっと前まではオレゴンにはフレームビルダーがたくさんいたんですよ。今でも現役で稼働しているのは、「BIKE FRIDAY」と、ふたりのフレームビルダーが共同で立ち上げた「Breadwinner」くらいかな。彼らのようにチームで自転車をつくっているところは残ったけれど、個人でやっていたビルダーはやめちゃった。人間性、センス、技術、すべてがすばらしくても、たったひとりで続けるには限界があるのかもしれませんね。
 
—フレームビルダーが多かったということですが、オレゴンの自転車シーンの特徴ってなんでしょう?
これはオレゴンに限らず西海岸の特徴だと思うんですが、ものづくりにおいて“ちゃんとつくる”ことに非常に重きを置いていると思います。ちゃんとつくるというのは、その製品に対して責任をもつということです。だから、自社で溶接まで行う。質実剛健、地に足がついている、そういうものづくりが特徴なんです。たとえば、2年前まで「クリスキング」がつくっていたシエロという自転車はその最たるものでした。OEMが当たり前の現代にあって、フレームに使われるパーツのほとんどを自社で製造し、削り出しから溶接、塗装までをインハウスで仕上げる。あれはまさに、製造業の原点を見せてくれた自転車でした。だから彼らがシエロをやめてしまったことが本当に残念で。うちでは引き続き「クリスキング」のパーツを扱っていますが、シエロの製造終了であらためてものづくりの本質を考えさせられた。僕自身、転換期を迎えたように感じたものです。
そういうものづくりの精神に寄り添うように、オレゴンの自転車カルチャーがある。実際にポートランドに行くとわかると思いますが、とにかく自転車レーンが充実している。あれだけの規模の街であそこまで徹底しているのはすごいことだと思います。店頭にはだいたい、バイクラックが備わっていて、街全体がコミューターをサポートしていますよね。だから日本に比べると圧倒的に自転車に乗りやすい。
すでに北欧では進められていますが、現代は資本主義ベースの社会主義化が急務になっている、僕はそう感じています。そういうイデオロギーをもった人が、アメリカのなかで街づくりを行ったらどうなるか。自然と人、環境と経済的発展、車と自転車、それぞれをどう調和させるかを考えると、ああいう街になるのでは。
 
—そもそも日本とオレゴンでは、社会における自転車の捉えられ方が違うのでしょうか?
日本では、自転車って便利だけどちょっと鬱陶しいものと思われていませんか? 僕が思うに、アメリカの自転車乗りってどこか哲学的というか、ロマンチストなんです。ペダリングって結局、同じアクションの無限の繰り返しでしょう? そこに美学を感じたり、人力でどこまでも行けるという可能性にドラマを見出したりという人が多いのだと思う。それが“ペダルパワー”だと思うのだけれど、それをきちんと表現できている人が多いのかな。
自転車って基本的にはひとりで乗る乗り物だから、元来、孤独が好きな人・孤独に耐えられる人が選ぶものだと思います。その一方で、オレゴンには誰かのために道をつくろうというトレイル整備の文化が発達しているわけです。一部のMTB乗りを除いて、果してそういうサポーティブな文化や土壌が現代の日本にあるのか。
自転車のいいところって子どもから大人まで、誰でも乗れるところにあると思うんです。だからコミュニティを形成しやすい。そのコミュニティには政治家も教師も弁護士もいて、同じ業界や職種だけで固まらないんですよ。人生には会社と家庭以外の居場所、いわゆるサードプレイスが必要だし、その居場所はなるべく雑多でさまざまな価値観が混在するほうがコミュニティとしてうまく機能する。ポートランドはそういうコミュニティが、街づくりや社会づくりにおいて役割を果たしているという印象がありますね。
 
—オレゴンでは社会全体が自転車に対して理解があるということでしょうか。
オレゴンには、遊びを理解して後押ししてくれる風土があります。自転車に、というか遊びに、ですよね。僕は、人生の目的って遊びと食だと思っているんですよ。そのバランスがうまくいけば人生はより楽しくなるから。一方で、他人が遊んでいることを理解してあげられない人は幸せになれないとも思っています。遊びって結局、すべてが自分の責任なんです、時間も、内容も、その密度も。だから僕は遊ぶことの奥深さを極めてみたいし、たくさんの人にもっと遊んでほしくてこの仕事をしています。だって、自転車って最高の遊び道具なんですよ。 
ありとあらゆることを体験して、神経反射的に「おもしろい! 興奮する!」というものごとを大事にしていきたい。それが遊びの真髄だと思うから。大人になると変に打算が働いて、素直に「自分は下手だけれど、これはおもしろいぞ」って感じることが少なくなります。だからこそ、「なんでこれを好きになってしまったんだろう」という、その瞬間的な反応を大事にしたいし、みんなにも大事にしてほしい。それが遊びの入り口だと思うから。
 
—結局のところ、自転車の魅力ってなんなのでしょう。世代、年齢、文化、国境を超えて私たちを魅了するポイントはどこにあるのでしょうか。
自転車は自由です。自分の力だけでどこまでも行ける、行きたいところへ連れていってくれる。ラックとフェンダーを活用すれば世界を旅することだってできる。そして自転車を変えるだけで、走りはもちろん、ライフスタイルそのものだって変えることができる。ライダーはそれをわかっています。コミュニティのなかにそういう共通認識が育まれているのも魅力です。
もし、毎日の生活のなかで少しだけ冒険したい、遊びを取り入れたいと思ったら、自転車ほど手軽で身近で、奥深い遊び道具はありません。試しに、自転車に乗っていつもの風景を眺めてみてください。世界が変わりますよ。ぱっと視点が変わるおもしろさを、ぜひ経験してみてください。
 
田中慎也 Shinya Tanaka
1973年名古屋市生まれ。「Circles」代表、輸入自転車パーツ流通部署「SimWorks」マネージャー。シアトルの大学でファッション・マーケティングを学んだ後、ファッション業界を経て自転車業へ転身。2006年にCirclesを立ち上げ、現在はアメリカンブレックファストを提供する「アーリーバーズブレックファスト」、コッペパン専門店「パインフィールズマーケット」、自転車文化発信基地カルチャークラブ名古屋などを手がける。