砂漠のまんなかのオフグリッド暮らし

シンガポール生まれのジェフと、セントルイス出身のコリーン。 LAからアビキューの砂漠へ拠点を移したカップルは、現在、完全オフグリッドの暮らしを満喫中。節水に頭を悩ませながらも、夜空の美しさに見惚れる。試行錯誤を楽しむ毎日 […]

01/24/2019

シンガポール生まれのジェフと、セントルイス出身のコリーン。 LAからアビキューの砂漠へ拠点を移したカップルは、現在、完全オフグリッドの暮らしを満喫中。節水に頭を悩ませながらも、夜空の美しさに見惚れる。試行錯誤を楽しむ毎日だ。
ライターで音楽家、アウトドアブランドのコンサルティングなども手がけるジェフ・スロープと映画製作に携わるコリーン・ハモンド。キュートなクリエイター・カップルが暮らすのは、サンタフェから車でおよそ1時間の、アビキュー郊外だ。砂漠にぽつんとたたずむ一軒家が、彼らのスイートホームである。機能的なキッチン&ダイニングと小さなベッドルーム、急な階段を上った2階に広々としたリビング兼客間、正面にベデルナル山を望むポーチを備えた、こぢんまりとした家。隣家まではおよそ2マイルという、ほどよく孤立した環境。この家に、環境に、ひと眼で恋に落ちたという。
LAからアビキューへ移住してきたのはちょうど1年前のこと。だが、砂漠で暮らすというアイデアは、ジェフが長年あたためていたものだった。
「高校生になったかばかりのころ、先生が僕にエドワード・アビーの『砂の楽園』という本をくれたんだ。これが僕と砂漠の出合いだった」
ユタ州にあるアーチーズ国立公園でレンジャーを務めていたエドワード・アビーは、「砂漠のソロー」とも呼ばれるナチュラリストの作家だ。太陽と岩、砂と星、それらと渾然一体となって過ごしたアーチーズの砂漠での半年間を、著書『砂の楽園』に綴った。この本は「ネイチャーライティングの古典」と称され、半世紀にわたって読み継がれている。『砂の楽園』にインスパイアされたジェフは、冬になると各地の砂漠─アリゾナ、ユタ、そしてモハヴェ砂漠─を徒歩で旅するようになった。一昨年は110マイルのデザート・トレイルを踏破している。
「ハイカーや山好きは、眺望を求めて標高の高い場所に登るよね? 砂漠のいいところは、標高に関係なく360度をどこまでも見渡せるところなんだ」
いつかアビーのように、孤立した砂漠のなかで暮らしてみたい。幸いなことに、当時、出会ったばかりだったパートナーのコリーンも、住みかについてジェフと同じ価値観を共有していた。朝から晩まで不動産サイトをチェックして、ようやく見つけたのが、アビキューのこの家。電気はソーラー発電、ガスはプロパン、生活用水は雨水をタンクに貯めて再利用という、完全オフグリッドである。
「僕もコリーンもフリーランスとして10年以上働いていて、そろそろ働き方や生き方を変えるべき頃合いじゃないかって考えたんだ。朝から晩まで、ひとりきりでMacのモニターにかじりつく生活なんて、あまりにも現実の世界と乖離しているんじゃないかって。だからといって“砂漠でオフグリッド生活”は、あまりにクレイジーだって笑われるけれどね」(ジェフ)
「電気を節約するために早寝早起きが習慣になっているけれど、それよりも水が問題。7月末から8月のモンスーンの間にできるだけ水を貯めないといけないの。冬の間は雪が降るけれど、あっという間に溶けてしまう。きれいなだけで暮らしの役には立たないのよ」(コリーン)
仕事柄、各地を飛びまわっていたふたりだが、ようやく「ホーム」と実感できる居場所を手に入れて、アビキューで過ごす時間が圧倒的に増えた。LAではライブハウスやおいしいエスニックレストランに出かけたが、代わりに楽しみを見出したのは、チャマ・リバーのカヤッキングやサンタフェ郊外にあるアスペンの森のハイキング・トレイル、アビキュー湖の湖畔にある美しいキャンプサイトだ。
唯一、フラストレーションを感じるのは春の嵐の頃。高地砂漠地帯が凄まじい風に見舞われるこの季節は運転だってままならない。家の中でただじっと、嵐が過ぎ去るのを待つしかない。
「いつだったかキャンプに出かけたとき、運悪く、ひどい砂嵐に遭遇したんだよ。犬が怯えて僕の寝袋のなかに潜りこんできたほど。砂嵐の音や風圧におののきながらも、自然がもたらすパワーに圧倒された。あれは最悪で、けれど最高の体験だったね」(ジェフ)
便利なLAからアビキューに移住して、ふたりの生活は180度変わった。シャワーは週に1度、数分浴びるだけ。トイレも同様で、いかに水を節約するかを考えながら生活している。買い物は週に一度、車で小一時間の場所にあるグローサリーかファーマーズマーケットへ。1週間の食料計画に沿って必要なものだけを買うから、衝動買いをすることもなくなった。社交といえば、友人をディナーに招くくらいがせいぜいのもの。サイズダウン、ミニマル、質素。人によって呼び方は変わるけれど、生活から無駄なものを削ぎ落とした結果、本質的な楽しさを追求できるようになったのは、砂漠の教えの賜物である。
夕日に染まったペダーナル山を眺めながら、ビールを片手にポーチでピアノを弾いたり、野ウサギを追いかけて砂漠で迷子になった飼い犬を探しに出かけたり。夜になれば、自宅のポーチにいながらにして、プラネタリウムさながらの雄大な天体ショーを独り占めできる。ジェフとコリーンがアビキューで見つけた日常のひとときは、世界で最も美しいものに触れているという充足感にあふれていた。
 
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