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外への旅から、内なる旅ヘ|映像作家・音楽家 高木正勝

京都出身の世界的なアーテイスト、高木正勝さん。音楽と映像というふたつの世界において、世界中で賞賛を浴びる若手クリエーターだ。コンピュータを道具として扱い創作される彼の作品からは、深い優しさと恐さ、温かな喜びと冷たい悲しみ […]

01/13/2014

京都出身の世界的なアーテイスト、高木正勝さん。音楽と映像というふたつの世界において、世界中で賞賛を浴びる若手クリエーターだ。コンピュータを道具として扱い創作される彼の作品からは、深い優しさと恐さ、温かな喜びと冷たい悲しみといった二面性を併せ持ちながら、人間が感じることのできる最大限の美を感じる。それは人間のニ面性をすべて包みこむ、近くて遠い世界。そしてその世界は、見知らぬものへの恐怖と、見知らぬものへの期待に満たされている。そんな彼の世界と旅をするという行為は、とてもよく似ている。旅とは見知らぬ地ヘ降り立った恐怖と見知らぬ人と出会う喜びの連続。彼の作品と旅との共通点は、多くのことを伝え、教えてくれる。
京都という場所
──まず高木さんの出身地であり、現在お住まいにもなっている京都が、高木さんにとってどんな場所なのかお聞かせいただけますか?
「僕は京都市内で生まれて、今はその隣の亀岡市という田舎に住んでます。市内は僕の生まれた場所で、亀岡市は僕の育った場所。小学校に入る前に引っ越しました。でも京都市は近いので今でもよく行きますよ。でも印象と言うと、独特と言うか、あんまりポジティブなイメージはないかも(笑)。今では外からの人も多いので変わってきましたが、新しいものを排除していくイメージが残ってますね(苦笑)」
──だからこそ伝統が残っているんでしょうね。でもおっしゃる通り変わってきてますよね。
「ちょっと前までは、一見さんおことわりとか、新しい人と横のつながりを持とうとしない感じがあったと思います。でも今の世代がそれを壊そうとする動きがある。善し悪しは別にして京都は変わってきてますよ。今の世代の人たちが変えてきていると思います」
 
亀岡、裏山紀行
──そんな京都の変化を隣街の亀岡で感じられているんですね。高木さんにとって亀岡はどんな場所ですか? 亀岡でもとくにご自宅近くの裏山がf特別な場所と間きましたが。
「そうなんです。家から歩いて5 分くらいのところに裏山があって、そこで幼いころからずっと遊んでいたんです。田んぼとかもいっぱいあるけど、自分は引っ越してきた者だから横のつながりが少なくて、なおさら山でよく遊んでた。裏山が亀岡と自分をつなげるところでした」
──その裏山には今でもよく行かれるそうですね。なにか理由があるんですか?
「子どものころを思い出すというか、そのころの感覚に戻れるというか。ただ自然を見てインスピレーションを得るというわけではなくて、子どものころに感じていた、初めて見るものに驚く感覚とかを思いだしにいくんです。山道を歩くのではなくて、一歩道をはずれて踏み出して、道なき道を歩く感覚を楽しむんですよ。地面がでこぼこしていたり、木々が鬱蒼としていて、“これほんまに帰れるのかな”っていう思いに陥るんです。恐いんですけど、それを味わいたいというか」
──あれ? それって旅とよく似てませんか?
「似てますね! こんな見かたや聞きかたがあったんやとか、触れてみて気持ち悪いとか、裏山に行くといろんなことを感じられるんです。一度行ってしまうと次はその感覚になれないんですけど、知らないものに出会ってわくわくするだけじゃなく、恐怖も感じるっていうのは、旅の感覚とそっくりですね」
──じゃあ、いつも裏山で旅できちゃう(笑) 。
「そうそう。学生のころは、長い休みになるといつも海外に行っていたんですが、あるときからどこに行っても感動が薄くなってしまって。というのが、旅をしている間に無意識に“ここはどこどこの景色に似ている、どこどこの香りと似てる”とか、ついつい頭で分類してしまうんですよね。まっすぐ見れないというか、頭のなかでカテゴライズしてしまうようになって。それが年を追うごとにひどくなって… 。そうしていると、外の世界に対しての新鮮さがなくなったんですが、それからは逆に近場が楽しくなってきたんです。今は裏山にすべてがあるように思えるんです」
──それはつまり、日常のなかで非日常の感覚が昧わえるようになってきたということですか?
「そうですね。日常で旅の感覚。それを一度味わってしまうと外に出たくなくなってしまうんですよね。だから今、海外に出たいって欲求はないんです。自分に必要なものと不必要なものが区別できるようになってきたのかもしれないですね。20歳過ぎのころはなんでも見たい、感じたいって思っていたんですけどね」
 
外への旅から、内なる旅への分岐点
──外へ向いていた旅のベクトルが内へ向いてきたってことですよね? なにかきっかけがあったんですか?
「デヴィッドさんとの旅が大きかった。5年前にデヴィッド・シルヴィアンのワールドツアーに映像演出として参加したんです。自分の倍もの年齢の人と一緒に長期間旅をするのは、それが初めてだった。それで彼の背中を見て思ったんです。時間がないんだなって。僕は当時23歳くらいで、なんでも体験したいと思ってたけど、“寄り道してる暇はないぞ”って身に染みてわかった。それまでは外にあるものが、キラキラしてて、自分のまわりのものは恥ずかしく感じてたけど、それからだんだんと自分に向き合えるようになってきたんです。ドンファンとか中沢新ーさんの本とかに書かれている、昔から流れているものに興昧があったんですが、子どものころに山に入って感じたことと本に記されていることが、ようやく同じことに思えてきた。前は新しいものに飛びついていたのが、今ではもっと古い土器とか神話にも魅力を感じられるようになったんですよね」
──裏山で幼少期の思い出に戻り、さらに本などで生前への旅をしているってことですね。
「そうですね。よく考えると、世界中をまわる行為は、自分の内へ向かう行為と変わらないと思う。きっとそれは、本と向き合うだけの机の上だけの経験だと感じられないことだと思うけど、ある程度旅をしたからこそ気づけたんだと思います」
──初めて旅をしたのはいつですか?
「18〜19歳のとき、ベトナムに行ったのが最初です。ちょうど格安チケットが出始めたころです。当時僕は西洋に興味がわかなくて、なぜかアジアに惹かれていた。お金を貯めて、憧れのアジアに行ったんですけど、そこで感動した風景っていうのは、結局、裏山と似たものばっかりで(笑)、それが不思議とおもしろくで。写真やビデオを撮ってまわってたんですが、撮ったものを後から見てみると、自分が昔、子どものころに感じたなにかを探しているのがわかるんです。日本で見つけることができなくなったものを、海外で見つけようとしてたんですね。でも今になって思うのは、いやいや、そんなものは日本にまだ残っているし、それどころか、ずっと身近にあった。そのことに若かったから気づけなかったんだなとわかったんです」
 
大きな流れに触れること
──そこから内なる旅が始まるんですね。やはり育った街である亀岡でこそ意味があるんですか?
「そうですね。海外で向こうのアーテイス卜と共演するときに考えてしまったんです。日本人の僕が、海外でなにをやってるんやろうって。西欧人と自分の違いがわからなくなったというか。日本で生まれ育った自分が、外の世界に対して、なにをつくって発表するべきか考えたら…単純なんですけど、自分の故郷のことをもっと知らないとって思ったんです。3〜4年前までは海外に住みたいっていう欲求があったんですけど、今は亀岡にいることに意昧を感じるようになりました。ここで制作していると、自分一人で作品をつくってる感覚じゃなくなってくるんですよ。とくにいい作品ができあがるときは、いろいろなものに手伝ってもらってる気がする」
──それはおもしろいですね。いったいどんな力なんですか? 私個人の感想ですが、なにか高木さんの作品って贈与的だと思うんです。見返りの求めない美というか、純粋になにかを祝福しているような感じがするのですが、それと関係ありますか?
「関係あるかもしれないですね。良い作品ができるときって、自分は操られてるというか、目には見えないけど、たしかに流れている大きなものにつくらされている、そんな感覚なんです。だから変に着色しないというか、強制しないんですよね。自分からなにかつくりたいと思って意気込むと、スランプになるんです。自分のなにかを表現しようとしたって、たかが知れてるというか… 。同じ“表現”でも、僕は自分の内面とかそういうものじゃなくて、向こうから現れてきたものを表に出す手助けがしたい。それだけなんです。だから、風をぼんやり見ていたら色がついてるのが見えたっていう、そういうものを真剣にきちんとっくりたい。そんなふうに制作してると、いろんなものが、逆に手助けしてくれるというか、見える形にして表に出してくれって向こうからやってくる気がするんです。そうしてやってくるものはあまりに美しいから、祝福しないわけにはいかないんですよね」
 
高木さんとパスの運転手との共通項
──それもまた旅の感覚とそっくりではありませんか? 五感が研ぎすまされているようなあの感覚…。
「そうそう。旅とそっくりなんですよ。旅の目的がガチガチにあって、こういう写真が撮りたいとか思っているとなかなか出会えなかったりするのに、目的もなくふらっと見知らぬ土地に行って、今日はどうしょうかなってぶらぶらとしていたら、偶然すばらしい景色に出会うとか、その場で出会った人とー緒に涙しているとか。運命みたいな、なにかの力が働いているとしか思えない瞬間や出会いがあるんですよね。
旅は一歩踏み出すことから始まるから、特別な感覚だと思う。結局は覚悟というか、知らない世界に踏み出す一歩があるかないかだと思うんです。どんなアーテイス卜の作品でも、技術はさておき、そんな感覚で生まれているものはやっぱりいいんですよね。
こういった感覚や、大きな流れに触れることって、いろんなところで言い尽くされていると思うけど、もっと身近な日常でもないかなって思うんです。ほかの職業でもこういう感覚があるはずやって。あんまり気になって、パスの運転手さんに聞いてみたことがあるんですよ(笑)」
──パスの運転手さんですか?
「そう、毎日一緒のコース、毎日同じ顔ぶれのお客さんというシチュエーションのパスの運転手さん。でもそういう感覚はあるって言ってました。そういう日だけはなんか道がキラキラしてて、ありがとうってお客さんが自然に声を掛けてくれて、すべてスムーズにいくのだそうです。たまたま僕は表現をする人ってことでインタビューを受ける機会があって、こういう感覚の話をしているけど、本当は誰にでもある。だから、もし今の仕事を辞めて別の仕事に就いても、楽しんでできる気がするんですよね。どんな仕事をしていても、そんな感覚は昧わえるはずですから」
──なるほど。わかります。あるんですよね。多かれ少なかれ誰にでもその流れに触れられて、生まれる感覚が。
「そうですね。そういう感覚にいつも触れられたら楽しんですが。というか、極論からいうと、世界の秘密を知りたいですよね(笑) ! 普段のものの見かたでは分からない世界に触れるチャンスがもっと増えたら…」
──高木さんは、そういう感覚になる作品をつくられているのではありませんか?
「自分のものはわからないですよ! よく作品見て癒されましたって言われるけど、すごいなって思う(笑) 。さっき裏山に行く話をしましたけど、山だって本当に恐いですもん。癒されるばっかりじゃない。イメージとしては癒される感じがいっぱいですけど、よく見るとみんな生きるために必死で工ゴだらけというか、殺生だらけでグロテスクな共同体なんですよ。そのなかでたまたま循環している。そういう自然と向き合ってると、あれ、人間も思いっきり自然じゃないのって思うんですよね。極端な悪意とか、どうしようもないのもあるけど、普通に生活してる分には人間も十分自然に生きてると思いませんか? 作品をつくるときは、なるべく自然なものがっくりたいと思ってるので、癒しだけじゃなくてドロド口したものもずいぶんたくさん入ってると思うんですけれどね…」
 
自分なりのやりかた
──でも、それでも癒しと感じる人たちは、その人たち自身が自然であることがわかっている人なのかもしれないですね。それは狙っていたら、けっしてつくれないものだと思います。今後は、どんな作品展開を考えていますか? 今年5月に発売された『Private / Public』は通過点とお聞きしましたが。
「去年『 Private / Public』っていうコンサー卜をして、その記録CDをつくることになって。ライブ盤ということで、会場の音をそのまま録音したものを出すというのでもよかったんですが、それよりも自分がステージの上でピアノを演奏しながら感じていた色とか空間の流れをCDに記録したいなと思ったんです。
楽器を演奏していたら、音に色があったり、空間が変わっていく様子がわかるときが、あるんですね。映像では色も扱えるし、わかりやすく動きもつけられるんですが、音でどうやったら色や動きをつけられるのか、ずっとわからなかった。“ この曲は全体が黄色い感じで、上の方から赤がやってきて”って感覚をスピーカーやイヤホンを通して表現する方法を、このライブ盤ではひたすら試しました。だから『 Private / Public』は僕の感じた色を音でレポー卜した感じ。やっと映像でやってきた自分なりのやりかたが音楽でもやれるようになってきた。だから、今後はそれを発展させていきたいです」
──今後も新しい道を見つけていくんですね!
「いやいや、新しい道なんて! 隙間を見つけるだけですよ(笑) ! 王道と呼ばれるやりかたもあるんでしょうけど、そこからはみ出た部分を見つけて、そこから始めるだけです。“なにこれ! どうしたらいいかわからへん”っていうゾクゾクするものが見つかったら、それでいいんです」
──もしやそれって、裏山で山道を歩くのではなく、道を踏み外して道なき道を歩くように?
「きっとそう! ばっちりオチができましたね(笑) !」
 
高木正勝 映像作家/音楽家
1979年、京都生まれ。映像と音楽両方の制作を等価に手がけ、双方の質の高い融合により注目を集めるアーテイス卜。国内外のレーベルからCD/DVD をリリースすると同時に、アート・スペースでの展覧会や世界各地でのライヴなど、分野に限定されない多様な活動を展開している。2003年にはデヴィッド・シルヴィアンのワールド・ツアーに参加し、その後もUA のミュージック・ビデオ制作、ダンスや映画、CM音楽の制作など、積極的なコラポレションもおこなっている。2006年にはRESFESTが最も注目する世界の10人のクリエーターの一人に選ばれ、海外での評価もますます高くなっている。www.takagimasakatsu.com
http://www.youtube.com/user/tkgmskt
 
このインタビューは『ペーパースカイ』No.23 (2007年)に掲載されたものです。