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盆栽界の錬金術師|木村正彦|大宮盆栽 3

皇居の敷地内に「三代将軍の松」と呼ばれる500年物の盆栽がある。人間が植えて世話をしてきた世界最古の盆栽である。より正確に言えば、手入れをしてきたのは何十人という盆栽職人であり、そのなかには将軍も含まれている。盆栽は工芸 […]

06/15/2020

皇居の敷地内に「三代将軍の松」と呼ばれる500年物の盆栽がある。人間が植えて世話をしてきた世界最古の盆栽である。より正確に言えば、手入れをしてきたのは何十人という盆栽職人であり、そのなかには将軍も含まれている。盆栽は工芸作品であり、芸術作品だが、ひとりの人間が創り上げるものはない。職人たちが何世紀にもわたって力を合わせ、針金や剪定ばさみなどのシンプルな道具を駆使して五葉松を縛り、刈りこみ、手入れをしながら大自然の風景を鉢のなかに再現していく。
世界的に知られる盆栽界の巨匠、木村正彦のやりかたは違う。彼は盆栽の栽培者、職人、世話人というだけでなく、アーティストである。彼の作品は、長い年月と多くの人々の手をかけた盆栽ではない。電動工具と直感を使い、木の形を自分の思いどおりに変えていく。「一本の木に100年もかけていたら、生計なんか立てられない。その前に死んでしまうでしょう。芸術家はふつう、死んでから世間に評価されますが、私はそうなりたくありません」。
木村は1940年代に盆栽村で生まれた。父は発明家だったが、1951年に他界する。父の死は木村の生い立ちに強い影響を与えたという。「母は子どもたちを育てるために身を粉にして働いていましたが、経済的に苦しく、私は進学できませんでした。それで母は、私が手先が器用だということで、盆栽の道に進むといいんじゃないかと考えたのです」。
たしかに木村の手先は器用だが、なによりも彼の才能は細部への隙のない目配り、形に対する感覚、創作力にあった。盆栽の作業に使っている道具は、ほとんど自作である。従来は何十年もかかっていた作業が、木村にかかると一日、場合によっては数時間で終わってしまう。彼が見せてくれたアルバムには、山から運んできた木が写っている。それが7時間半で、左右非対称なみごとな盆栽に変わっていた。「本当に新しいことをやろうとすれば、大きなリスクが伴います。すべての人に、そんな危険を冒す覚悟があるわけではありません」。この姿勢のせいで、盆栽の世界で異端児扱いされたこともある。「人々は私を『魔術師』と呼びますが、マジシャンといわれるのはあまり好きではありません。この仕事は毎日が挑戦、毎日が重労働です」。
話を聞きながら、彼の盆栽園を歩いた。置かれている作品は、いずれも「木」という感じがしない。杜松なのか、松なのか、種類がわからない。そこに見えるのは、濃い糖蜜を浴び、緑の葉が形づくる雲の下で固まった幹と枝。木村という巨匠が残した刻印だった。