アーティストもヒッピーも。ニューメキシコで見出す自分の居場所

砂漠のイメージが強いニューメキシコ州は、じつは変化に富んだ地勢をしている。州北部には深い原生林が、サンタフェの郊外には黄金色に紅葉するアスペンの森があり、リオ・グランデのまわりには雄大な渓谷美がある。アビキューやタオスに […]

12/03/2018

砂漠のイメージが強いニューメキシコ州は、じつは変化に富んだ地勢をしている。州北部には深い原生林が、サンタフェの郊外には黄金色に紅葉するアスペンの森があり、リオ・グランデのまわりには雄大な渓谷美がある。アビキューやタオスに広がる砂漠にも、サボテンや潅木、黄色いチャミサの花が生い茂る。つまりは、「乾いた砂漠」のイメージは、この州の雄大な自然のごく一部を切り取ったものに過ぎない。
多彩な風景のなかでも、ピンク、白、パープル……カラフルな荒地を好んだのがアメリカ人の画家、ジョージア・オキーフだ。彼女が初めてニューメキシコを訪れたのは、ロッキー山脈でバカンスを過ごすための旅の途中だった。アルバカーキを経由して西へ向かう道中で、サングリ・デ・クリスト山脈の麓にある、ピンク色の地肌の丘陵を目にして興味を抱いた。バカンスの帰りにはサンタフェに立ち寄り、2〜3日を過ごしている。ヒスパニックやネイティブアメリカンが身につけているエキゾチックな衣服がアドービ建築の土色によく映えて、「目にした瞬間、すぐにその風景を気に入った。それ以来、私の心はいつもそこに戻っていく」と回想している。結局、再訪にはさらに12年の月日を要することになるのだが。
どこまでも横長の風景と乾いた空気、強烈な太陽。ニューメキシコの野生美は、オキーフに限らず多くのアーティストやボヘミアン、ヒッピーたちを惹きつけてきた。オキーフと同時代ではD.H.ロレンスやアンセル・アダムスがいるし、俳優のデニス・ホッパーは『イージー・ライダー』をきっかけに、ここに12年間暮らした。今回の旅で出会った人たちも、ヒスパニック系の職人やアーティストを除き、その多くは移住者だった。カナダ出身のキュレーター、ケンタッキーから移ってきたばかりという織物作家……。「サウスウエスト」「ニューメキシコ」という言葉には、人の冒険心や衝動をかきたてる何かが潜んでいるのかもしれない。
アビキューの砂漠で出会ったのが、ジェフとコリーンという30代のカップルだ。音楽と映画という、クリエイティブの世界に身を置くふたりも、LAから越してきたばかりという移住組。いつかは砂漠で暮らしてみたいと考えていたところ、偶然、ここに空き家を見つけた。そんな彼らの新居は、完全オフグリッドというハードコアなものだった。話を聞いていて、なんだかオキーフのゴーストランチの家のようだな、なんて考える。当時、ゴーストランチの家も電気がなく、水はポンプでいちいち汲み上げなくてはならなかった。現代のオフグリッド暮らしでは、電気は太陽光でまかなえるものの、水は雨水頼みというからゴーストランチより分が悪い。
でも、ジェフもコリーンも、その不便さを気にする様子はまるでなかった。だって、見渡す限りの広大な砂漠が自分の前庭なのだから。彼らは朝に、昼に、夕暮れに、フロントポーチに腰かけて空や砂漠を眺めて過ごす。オキーフは後年、ゴーストランチの家について「家というものは、単に小屋であればいい」と書いているが、彼らの家もまさにそう。ここは砂漠の自然美を楽しむための小屋なんだ、と実感した。
結局のところ、居場所というのは人生の目的を見出す場所だ。「生命の輪」ともいうべき砂漠の営みに導かれたオキーフは、心を震わす「マイ・プレイス」をニューメキシコの荒地に見出し、ジェフとコリーンも直感を信じるままに、憧れの砂漠で「マイ・プレイス」を築きつつある。自分たちの居場所を見つけられた彼らは幸運だ。
ニューメキシコのどこまでも透明な光が、人間の頭のなかの最も原始的なところ、私たちの本能に働きかけて、ここに導いているのかも。東京の縦長の空を見ながら、あの水平の大地を思い返している。
 
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