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ガリット・ガオンが語るイスラエルデザインとその未来形

2002年の東京デザイナーズブロック、Living Design Center OZONE、名古屋国際デザインセンターでの展覧会など、これまでも日本で「イスラエル・デザイン」が紹介されたことはあった。しかし、ほとんどの人 […]

11/12/2010

2002年の東京デザイナーズブロック、Living Design Center OZONE、名古屋国際デザインセンターでの展覧会など、これまでも日本で「イスラエル・デザイン」が紹介されたことはあった。しかし、ほとんどの人にとってイスラエルのデザインは全く未知のものである。
例えばこれまで日本で頻繁に紹介されてきた北欧諸国や西ヨーロッパのデザインについては、プロデュースする側も「デザインにおける自国らしさ」と「日本人がその国のデザインに対して持つイメージ」とをとてもよく認識している。故に、ある時はその「らしさ」に添う形で展覧会が行われ、またある時はそれを正面から覆すような若手のアヴァンギャルドな作品が紹介される。
しかしイスラエル・デザインの中に、そうした「全体に共通するイスラエルらしさ」を見いだすことは非常に難しい。 イスラエル人デザイナー達の作品に触れれば触れるほど、 そのどれもが全く違うものに見え、結局「とらえどころの無い、独特な…」というあいまいな印象に結びついていってしまうのである。
デザインにおけるイスラエルらしさ、とは一体何なのだろうか。
先日行われた原研哉とのトークショーで、デザイン・ミュージアム・ホロンのチーフキュレーター、ガリット・ガオンは、「Curiosity」と「Innovation」という二つのキーワードを挙げてイスラエルのデザインを語った。
まずガリットはイスラエル人を称して「We are very curios.(私たちはとても強い好奇心を持っている)」と話す。私たちは沢山のことを知り、見聞を広めたいのだ、と。
ここで原が「地球のはるか彼方、辺境の地まで行ってもイスラエルの若者が必ずいる」と話し、1つエピソードを挙げた。無印良品のプロジェクトのため、写真家・藤井保らと共に真の地平線を求めてはるばるやってきた南半球・ボリビアのウユニ塩湖。その滞在先の宿で夜な夜な騒いでいる若者を見かけ、一体どこから来たのかと聞いてみたら「イスラエル」。常々地球のあちこちを飛び回っている原が「どこに行ってもいる」と言うぐらいだから余程のことに違いない。
確かにイスラエル人の若者の多くは、兵役を終えた後に長い旅に出る。ヨーロッパはもちろん、中国の沿岸から内陸、インド、南米…1年どころか2~3年間旅しているというのも珍しくない。そうして彼らは旅先のあちこちで見聞を広め、長い深呼吸の後、20代半ばで大学に入り30歳前後で卒業していくのだ。
また、ガリットはユダヤの文化的特徴として、「Rethinking」という言葉を挙げた。これは、同じモチーフ―例えば数千年にもわたって読み返されてきたユダヤ教の教典―その内容について繰り返し思案を重ねる、という知の探求のプロセスを指している。「イスラエル人はいつも新しいものを探している」という話はよく聞かれることだが、その「新しさ」とは、旅を通じて触れるような未知の世界だけでなく、ごくありふれたモノの中にも見つけられると考えられているのだろう。
そうした「Curiosity」を備えたイスラエルの若者達はどのような「Innovation」を起こしていくのだろうか。
この「Innovation」に関しては、技術的な革新性というよりも、既成概念を覆すようなアイディアを指しているようだ。例えば、 ニューヨークで活動するRon Giladが制作した照明「Dear Ingo」。ごくありふれたデスクランプを束ねて、まったく新しいタイプのシャンデリアに仕立てている。そのほか、ロンドンをベースに活動するShay AlkalayとYael Merによるデザインユニット、Raw-Edges Design Studioがデザインした「Stack」。ここで彼らは「一方向にしか動かせず、その動きや大きさは全体を括るフレームで制限される」という引き出しの既成概念を覆し、自由にものを取り出せる収納ユニットの集合体として定義し直している。イスラエル人デザイナー達がこうした未知のアイディアに挑戦し続ける背景には、中東・東西ヨーロッパ・アフリカなど、異なるバックグラウンドを持った個が入り交じる中で「新しいものをつくる」こと自体を共通言語としたことが考えられる。
こうしたアイディアに関連して「生き残って行くために我々が必要としてきたもの」としてガリットが挙げたのが「ユーモア」である。例えばEzri Taraziの「Search Table」。Googleで「Table」と検索した時に出てくる画像がテーブルの天板から脚までびっしりと貼られている。イスラエルの学生がGoogleで参考になるデザインを検索することを指して「Google Design」と揶揄することがままあるらしく、(日本でもよく耳にするようなことだが) このテーブルはそんな学生達の行為を皮肉ったデザインである。
ほか、先に紹介したRaw-Edges Designによる初期の作品「Bin Bag Bear」。ゴミをいっぱいに詰めると袋は首無しのクマ人形に変わり、人々はこのちょっと不気味な人形をゴミ捨て場に置いて行くことになる。原が「なぜ首の無いクマなのか」としきりに不思議がっていたが、おそらくこれはガリットが答えていたゴミ袋としての機能性の問題に依るのではなく、「大切にしていたクマの人形を捨ててしまう」という持ち主の内なる喪失感や、ゴミとして捨てられた名も無きモノ達が発する痛みのこもったメッセージを象徴したものであろう。イスラエルではプロダクトデザインにかぎらず、ポスターやストリートアートなどの作品にもこのようなブラックユーモアがしばしば見受けられる。
もう1つ、ガリットが「Practicing design」として、イスラエルのデザイナー達の間で実験的なデザイン制作が活発に行われていることに触れた。このタイプに当てはまる例はReddishのNaama SteinbockとIdan Friedmanによる「bath & beyond」。古いバスタブをざっくりと切り出して椅子に仕立てている。また、Ami DrachとDov Ganchrowによる”Bin Chairs”シリーズでは、住宅街の戸口に並んでいるゴミ収集用の大きなボックスを素材として、様々な形の椅子を作り出している。このように、いま目の前で作り始めてもおかしくないような「即興性のあるものづくり」も、イスラエル・デザインに顕著な特徴と言えるだろう。
一方でこうした実験的な創作活動が盛んになる背景には、ガリット本人も指摘するように、イスラエル国内のデザイン産業を取り巻く困難な状況があることは否定できない。人口およそ700万、東西に車を走らせれば数時間もしないうちに国境か地中海に行き当たるイスラエル。テルアビブのデザインショップでは、海外で既に成功した外国製品がラインアップの多くを占める一方、都会暮らしの人達にはIKEAの人気も高い。スーパーの売り場で商品のパッケージを眺めていると、ごく限られた数の制作会社がそのほとんどをデザインしたように感じられる。また、多くのデザインスタジオがテルアビブ近郊に集中する中、A社が手がけたカフェのディスプレイをB社がリニューアルし、別の案件では逆にB社が手がけたパッケージデザインをA社がリニューアルする…といった肉弾戦のようなシェアの奪い合いもしばしば見受けられる。
一方で、デザインを学ぶ学生はどんどん増え、教育にもかなり力が入れられている。イスラエル国内では、エルサレムのBezalel Academy of Arts and Designだけでなく、テルアビブ近郊のShenkar College of Engineering and Design、デザイン・ミュージアムがあるホロン市のHolon Institute of Technology、ハイファのWIZO Haifa Academy of Designなど様々なアートスクールが凌ぎを削っている。しかしデザイナーを志す若者達がイスラエル国内で活躍できる機会は、先述の通りかなり限られたものだ。イスラエルのアートスクールで若いデザイナーが講師を務めるケースをよく見かけるのは、こうした状況の厳しさにも起因しているに違いない。今後、デザイナー達の「Practice」がより完成度を高め、イスラエルデザイン製品の特徴として確立した評価を得るには、こうしたビジネス環境の変化が不可欠だろう。
現在、デザイン・ミュージアム・ホロンの取り組みは、イスラエル国外からの作品や展覧会を持ち帰り、イスラエルのデザインシーンに刺激を与えることに主眼を置いている。今後このミュージアムがイスラエル・デザインを発信する基地として機能し始めた時、日本でも「デザインにおけるイスラエルらしさ」の輪郭があらためて提示されるに違いない。
【関連記事】
» 原研哉 × ガリット・ガオン トークショー
 
【関連リンク】
» ドメイン(境界)―現代イスラエルのデザイン展(国際デザインセンター)
» Ezri Tarazi―Search Table
» Raw-Edges Design Studio
» Ron Gilad
 ―Dear Ingo
» Reddish
 ―Bath & Beyond
» Ami Drach & Dov Ganchrow’s Design Studio
» Design Museum Holon