平野甲賀|日々是好日。文字と向き合う小豆島の日々

日本を代表する装丁家でグラフィックデザイナーの平野甲賀さんが、小豆島に移住したのは2014年のこと。妻の公子さん、愛猫の空と暮らす小豆島は「ちょっと不便で、野菜がうまい」。そんな平野さんが語る、文字と島暮らしのこと。 「 […]

06/12/2017

日本を代表する装丁家でグラフィックデザイナーの平野甲賀さんが、小豆島に移住したのは2014年のこと。妻の公子さん、愛猫の空と暮らす小豆島は「ちょっと不便で、野菜がうまい」。そんな平野さんが語る、文字と島暮らしのこと。
「以前住んでいた神楽坂はにぎやかで楽しい街だったけれど、東日本大震災の後はあのにぎわいがちょっと辛くなってきてね。縁もゆかりもないこの島に、思いつきのように越してきちゃったんだよ」
神懸通に建つ、築100年の古い日本家屋で、平野甲賀さんはそんなふうに移住にまつわるあれこれを話してくれた。
「日々、実感するのは野菜が本当においしいということと、本当に不便だということ。野菜はね、どれを口にしてもこれまで食べたことのない味がするんだよ。畑から穫ってきて、ざっと土を払って、そのまま食べてしまうこともある。そのくらいおいしいんだよ。島でできた若い友人たちや大家さんが持ってきてくれるのだけれど、島の人が持ってくるものは間違いないね」
一方で生活の不便さも痛感する。車に乗らなくなったから、ちょっとそこまで出かけるのにもひと苦労、と平野さん。友人たちの車に乗せてもらうことも多いそうだが、周囲にアウトソーシングを求めることが島での人間関係を深めることもある。実際、そうした縁から、農村歌舞伎で知られる肥土山の舞台の野外コンサートの企画にも携わった。島に来たらのんびり暮らせるかと思ったが、そうは問屋が卸さない。
移住2年目には文字にフィーチャーした『文字に文字展』も開催した。特にお遍路を意識したわけではなかったけれど、このとき、般若心経の経文を1m四方の和紙に表現して展示した。般若心経では「空」、「無」、「色」、「是」など、同じ言葉が何度も登場する。造形が重複しないように描きたかったから、頻出する字に苦労した。
「同じものが何度も出てくるのはつまらないから、ひとつの文字をそれぞれ違う姿で表現しようと思って。不思議なもので、さすがにこれ以上は出てこないだろうと思っても、ひと晩寝ると次の日にはまた違う字ができる。なんだか悟りを開いた気分だったね」
眺めるほどに、漢字は「絵」だと理解する。たとえば「密」という字だ。うかんむりの蓋と「山」という容れ物が、中身をぎゅっと閉じ込めている。姿がきちんとその文字の意味を表している、それはまさに象形文字だ。じっと向き合っていると、字がもたらす風景がどんどん変わっていく。おまけに、漢字には手がかりがたくさんあるからしめたもの。それぞれがもつ意味を、文字の風景として描いた。完成までに四苦八苦したけれど、でき上がりはむしろ素直なデザインになっていたというからおもしろい。
そんなふうに文字と向き合いながら、島の毎日は淡々と過ぎていく。
「正直言うと、住む場所はどこだってかまわないんですよ。今は展覧会に合わせて訪台を計画中。小豆島をベースにしながらあちこちに駆り出されているけれど、いまはそうやって動きまわることがおもしろいのかな」
 
平野甲賀 Kouga Hirano
1938年生まれ。装丁家、グラフィックデザイナー。小豆島の「今」を伝えるオンラインマガジン、『その船にのって』のメンバー。
sonofune.net
 
展覧会情報
『平野甲賀の描き文字展 小豆島から台湾へ』
台中の多目的スペース緑光+MARÜTE
2017年3月31日〜5月14日
「平野甲賀と晶文社」巡回展
京都ddd 2017年9月4日〜10月24日
東京銀座ggg 2018年1月22日〜3月17日