写真家 渋谷ゆり|PAPERSKY interview

NYのスケーターのコミュニティにどっぷりと浸かり、生活をともにすることでしか切り取り得ない作品を発表してきた写真家・渋谷ゆりさん。近年、そのフィールドを東から西へ、対岸の国立公園・ヨセミテへと移している。旅を日常とするラ […]

05/08/2014

NYのスケーターのコミュニティにどっぷりと浸かり、生活をともにすることでしか切り取り得ない作品を発表してきた写真家・渋谷ゆりさん。近年、そのフィールドを東から西へ、対岸の国立公園・ヨセミテへと移している。旅を日常とするライフスタイルを続けるのはなぜなのか。世界をめぐった学生時代を端緒に、旅と写真の関係について話を聞いた。
 
―渋谷さんの写真は、とてもパーソナルであると同時に、時代を写すことを意識しているように思います。そのスタイルは、旅を始めたころからのものですか?
そうですね。記憶に留めるというよりも記録に残すということが目的だったように思います。例えばジャマイカだったら、自分が好きなミュージシャンが亡くなってしまう前に行かなきゃって。亡くなったり、スタジオが壊されたり、町が開発されてしまう前に。他人の写真を見るよりも、自分の写真で残したい。NYに通うようになって、街がどんどん変わっていくのを目の当たりにしてからかもしれないですね。「あの看板良かったのに、ああ、もうないんだ」って。それを残せるのが写真なのかなと思った。誰かがこうしようと思って作れるようなものじゃなくて、人がいて、自然と生まれたようなものが好きなんです。西アフリカのマリに行ったときには、好きな写真家がマリに住んでいることをふと思い出して、みんなに訊いたらあっさり住所を教えてくれて。会いに行ったらその人柄とか地元の感じとか、実際に自分で見ると全然違う。写真で見ていただけじゃわからないものに、旅では出会えるから。
 
―その旅が、NYのスケーターという被写体を見つけることで変わったんですか?
NYはもうとにかく刺激的で。初めて行った時には、怖くてホテルから出られなかったくらい(笑)。でも、友だちにブルックリンを案内してもらったら、NYってなんでもありなんだって思ったんです。とにかくみんな勝手なことをしている。1996年くらいのことだから、時期もよかったんですよね。スケーターが集まっている姿を見かけて、なかに入りたいって。日本のスケーターを見てもそう思わなかったのに。当初はコミュニティに入りこむっていう意識はなかったけれど、単純に多くの時間を一緒に過ごすようにしていました。自分が本当に好きじゃないと時間って使えない。最初のころは英語も話せないし、邪魔者扱いされていたけれど、少しずつ受け入れてもらえると嬉しくて。
 
―旅先でふらふらと動き、被写体を見つけるような旅はしなくなった?
そうかもしれない。やっぱり自分だけの視点で、これはすごい!っていうものを見つけたいんです。旅にはそれがあると思っていたんだけど、例えばアフリカを旅することも、今ではそれほど珍しいことじゃないですよね。天の邪鬼なので(笑)、誰でも行けるって思うと私じゃなくてもいいのかなって思ってしまうんです。昔はデジカメもなかったですし、一眼レフのカメラを持っている人もほとんどいなかったけど、今はそうじゃない。旅をしている間は、どうしたって私もツーリストの視点だから、ツーリストの視点で写真を撮ることがつまらなくなってしまったのかもしれない。
 
―NYという都市で、ひとつのコミュニティに入りこんでも撮影者としての視点を失うことはないんですか?
つねに観察です。それが楽しいんですよ。もう生活の仕方からなにから全部違うんです。友人の家の冷蔵庫を勝手に開けて食べたりする。親もいるのに(笑)。私が一緒に動いていた子たちが特別なのかもしれないけれど。でもカルチャーショックですよね。みんなお金がないからこその楽しさを知っていた。それと、建前ではやってはいけないとされているギリギリのことをやるっていうことが、ドキドキさせてくれていたのかなって思います。
 
―そのドキドキが、今のNYにはなくなってしまったと。
例えば昔はスケボーを持って大きなレセプションに行っても入れたのに、今は入口で断われるから一度スケートを置いてから出直すとか。もうそれなら入らなくていいやって。写真に関して言えば、NYでスケーターを撮り始めたころは、10人で動いていても写真を撮るのは私だけだったから、独占権があった(笑)。でも、今ではiPhoneを持っていて、誰もが撮れる。むしろ親しい関係にあれば、私が撮りたい日常の風景では、よりいい写真が撮れるかもしれない。それが写真の原点だなって。それで撮らなくなってしまったんですよね。
ここ数年NYが物足りないと感じていたときに、ヨセミテに出会ったんですよ。最初は全然興味もなくて、仲のいいスケーターの友だちに「行ったほうがいいよ」って言われて。スケートっていう共通のものを楽しめる人がいいって言うからにはなにかあるのかなと。最初は家族旅行で行ったんですけど、やっぱりひとりでキャンプしたいと通い始めたら、なんだかわからないけれどもおもしろい。それこそNYに興味を持ち始めたころと同じように、「なんだこれは?」って。
 
―わからないからこそ、惹かれる。
そう。景色がすごいのはわかるんだけど、エルキャピタンもしばらくいれば当たり前になるから。惹かれて、その理由が知りたいから通うようになって。何度か行くうちにキャンプサイトで友だちができて、友だちができるとまた戻ってきたくなる。それがどんどん広がって、コミュニティがあることもわかって。クライミングを始めると環境のすごさもわかってくる。秋になると世界中のトップレベルのクライマーが集まって、コミュニティがキュッと凝縮されるんです。お金がなくても自然のなかに入っちゃえば関係ないですし、そのお金が必要ではない感覚はNYの最初のころとつながるんです。
 
―大都市から大自然へと移住するとそのギャップに、不便さや物足りなさを感じるのではと思ってしまうのですが。
ヨセミテに限っては楽しめる。本当に山しか知らない人が来る場所じゃないからかもしれない。ベイエリアでバリバリ仕事をしている都会の人も山だけの人もどちらもいて、いろんなバックグラウンドの人が来る場所だから、ただの田舎ではないし、その多様さは都会的ですよね。ダウンタウンがキャンプ4だとしたら、アッパーイーストはアワニーホテルっていう格式のあるホテル。カーリービレッジのあたりがミッドタウンみたいな(笑)。すごく小さなバレーのなかにバリエーションがあって、コンビニエントな感覚は、ほかの国立公園にはないと思う。同じ場所を共有しているのに、それぞれの楽しみかたがあるから。ヨセミテに通いだしたときには、NYに戻っている間もヨセミテのことばっかり調べていました(笑)。東海岸から西海岸に何度も通ってレンタカーを借りていたので、それならば引っ越してしまおうと。
 
―ヨセミテでは、どんな風に生活しているんですか?
基本的にはキャンプサイトでテント生活。バレーの外に出たら車で寝泊まりしています。帰る家があると保証がある感じがドキドキしないっていうか(笑)。いつでも動ける環境に身を置いていたいんです。あんなに憧れていたNYに家を借りたときも、やっぱり動かなくなってしまうんですよ。西海岸に移ってサンフランシスコに家を借りたときも、バックヤードもあって快適だから、家でまったりしてしまう。ヨセミテに行かなくなるんです。なんのためにアメリカにいるんだろう、ヨセミテで写真を撮るためにいるはずだよなって考える。そうするとつねに現場にいるようになるし、現場にいれば写真は撮れるから。どれだけ時間を費やしてシチュエーションを見ているかが、写真に出る気がするんです。ヨセミテでもやっぱり時間をかけないとおもしろい人には行き着かない。おもしろい人ほど表に出ることを嫌って、あえて人がいないところに行ってすごいことをしてたりする。仲よくなる人も車で生活をしている人が多いんですが、みんな思うがままに暮らす場所を変えている。「来月はビショップのボルダーで会おう」って。彼らは時間にお金を費やすんです。所有することにアタッチメントがあるのではなく、どれだけよい仲間と時間を過ごせるか。それは私がずっと思っていたことでもあるんです。
 
―ヨセミテでも、やっぱり人を撮っているんですか?
自分にしか撮れない写真ってどういう写真なんだろうっていつも考えてます。「アンセル・アダムスが撮っているのにヨセミテに挑戦するなんてすごいね」って言われることがあるんですが、私は自然を撮りたいわけじゃない。ヨセミテに来ている人に影響されているから、人を撮りたいんです。景色は、伝えるための入口。ビューポイントを知っていれば自然は撮れるけれども、そこを追求しても一生満足できる写真は撮れないんじゃないかって思うんです。人は、今、撮らなければ変わってしまうから。クライマーの写真もポツポツとならば誰でも撮れるかもしれない。でも、時間を過ごしていなければ、全体を捉えることは絶対にできないから。私だけの視点で、自分が生きる時代を記録しておきたいんです。
 
渋谷ゆり(しぶや・ゆり)Yuri Shibuya
東京生まれ。写真家。学生時代から世界中をめぐり、旅に出るごとにZINEを制作し、発表。ジャマイカ、マリ、エチオピアなどを旅した記録は『UNDER EXPOSURE JOURNAL』(TWJ)にまとめている。NYではスケーターのコミュニティのなかから作品を発表。スケートブランドの広告写真なども手がけている。また、近年のヨセミテでの活動をまとめた最初の作品『CAMP4, YOSEMITE』を今年4月に上梓したばかり。www.yurishibuya.com
Photgraphy: Yuri Shibuya
Text: Toshiya Muraoka