グレン E. フリードマンの新作『My Rules』

伝説的なカメラマン、グレン E.・フリードマンが最初の作品集『Fuck You Heroes』を1994年に自費出版してから20年が経った。この作品集は完売となり、今や世界中のスケーター、パンク、ヒップホッパー、そして、 […]

10/15/2014

伝説的なカメラマン、グレン E.・フリードマンが最初の作品集『Fuck You Heroes』を1994年に自費出版してから20年が経った。この作品集は完売となり、今や世界中のスケーター、パンク、ヒップホッパー、そして、カウンターカルチャー愛好家の書棚に収められている。20年前は、この作品集を発行する気概のあるメジャーなアート系出版社はなかった。台頭しつつあったスケートボーディングとアメリカのハードコア(パンク、もしくはラップ)シーンを記録した彼の作品は、生々しい時代の空気を感じさせたものの、あまりにリスキーな作品だと考えられていた。フリードマンは、デフ・ジャム・レコード設立者の1人でありリック・ルービンのアドバイスに従い、ブラック・フラッグのボーカリスト、ヘンリー・ロリンズが経営していたインディーズ系出版社の協力を得て、最初の作品集を出版した。 その作品集『Fuck You Heroes』の序文でフリードマンはこのように綴っている。
「俺が会った出版社の奴らは、どれだけ自分たちのことをイケてると思っているのかは知らないが、誰1人として世界で今何が起きているかなんて知っちゃいなかった。かなり自由な雰囲気のアート系出版社でさえ、奴らの考える既存の(不適切な)ファインアートの枠にはめて本を出版することしか考えてなかった。それに、奴らにとって俺の作品はメインストリームから外れすぎていて儲からないと思われていたし、リスクを冒してまで出版するほど重要な作品だとは扱われていなかった」
フリードマンは、今も彼自身がシーンの発信源となっていたカルチャーを伝えて行くことに積極的で、重量約3キロ、324ページの7作目の写真集『My Rules』(このタイトルは、彼が1982年に自費出版した写真雑誌と同名である)を刊行した。過去数十年間、彼は自費出版という形態で作品集を刊行してきたが、今回はリッツォーリ社とのコラボレーションである。内容は、フリードマンによれば、彼の初期の作品集、『Fuck You Heroes』と『Fuck You Too』からのベスト版らしい。これまで未公開だった作品が全体の3分1を占めており、当時のシーンを象徴する作品がより大きなサイズで生々しく鑑賞できる。
『My Rules』の序文でフリードマンはこのように綴っている。「スケーター、パンク、ヒップホップのカルチャーは今でもメジャーシーンから見ると異端に思われている。だが、多くの人たちが多大な影響を受け、インスピレーションを得ているし、新しい解釈もされている」
今日では、このカルチャーの熱烈なファンは多く、スケートボーディングとハードコア・パンク、ヒップホップのビジュアル、サウンド面におけるフリードマンの影響力は絶大である。「シェアする」「いいね!」ボタンが普及する前から、彼の作品はシーンを代表する映像として普及していった。水が抜かれた淡いブルーのスイミングプールでジェイ・アダムズが横たわる作品や、ブラック・フラッグ、マイナー・スレットのライブの瞬間を捉えた写真は世界を震撼した。フリードマンは、自分が撮影したアーティストの写真は、あの時代のものだけではないと語っている。このコメントを聞くと、フリードマンの作品が長く愛され、象徴的なものになっているのかが理解できる。恐らく、ストーリーテリングにとても長けているのだ。
心身ともに身軽なスタンスで、フリードマンは彼の作品のモデルとなるドッグタウン・クルー(断固として彼らの滑るプールの場所を公表することはなかった)や台頭しつつあるアフロ・コア・パンクバンドのバッド・ブレインズと親交を深め、信頼、そして、リスペクトを得ながら、絶えず作品を発表している。また、マイナー・スレットからパブリック・エネミーまで、アメリカの西海岸、東海岸のさまざまなタイプのアーティストたちの撮影も行っている。
フリードマンの一連の作品は、来るべき時代を予感させる瞬間を捉えたものだけではなく、作中の事象に波及性があることが特徴だ。このカルチャーに馴染みのない人に説明するならば、フリードマンの作品はインターネットがなかった時代はクールになるための指針であったものであり、今ではストリートスタイルという名称で知られているサブカルチャー・シーンの入口となるもので、内情を知る者にとっては、正真正銘の姿が活写されたものであることが一目瞭然でわかるものだ。例を挙げるならば、へん顔やガン見、叫び顔の写真や、ダメージドのデニム、ゴールドのチャーンやリング。靴ひもなしのアディダスのスーパースター等、世界中に影響を与えた映像は枚挙に暇がない。また、彼の被写体のパフォーマンスや美学は、彼らに憧れ、現地で同じシーンを体験することを切望する世界中の若者たちを虜にした。彼らが当時のカルチャーシーンの現場にいなかったとしても、自分自身のアクションを起こす起爆剤となったはずだ。
つまり、フリードマンの作品は、スケートボーディング、パンク、そして、ヒップホップなどの原点を記録した作品であり、このようなカルチャーをビジュアルで表現することを確立させ、多くの人たちにとっての文化的アイデンティティにもなったのだ。フリードマンは、この最新作でこのような問いを投げ掛けている。「当時、このカルチャーがスタンダードになるなんて、思った人はいるのだろうか」
52歳になった今もフリードマンは意気軒昂で、今回の作品集では、かつて彼の被写体であった、(最近逝去した)ジェイ・アダムズ、LLクールJ、アイス-T、リック・ルービン、チャック D、トニー・アルヴァ、イアン・マッケイ、ランス・マウンテン、(この作品集のデザインを担当した)ストリート・アーティストのシェパード・フェアリー、長年にわたる協力者であり、メンターでもあるクレイグ R. ステシク三世が当時のことを物語るだけではなく、彼らが共有した到達点についてのコメントも寄せており、被写体のカルチャーシーンにおける重要性をフリードマンは再度強調している。
フリードマンの一連の作品と被写体との関係は、写真家と被写体のそれを越えたものである。ファインダーを通じて、写真家と強烈な存在感を放つ被写体を結ぶものは、作品が共作であるという意識の共有だ。フリードマンの作品と被写体が貫く精神は、自立した存在であるために必要なハードワーク、誠実さ、そして決意を私たちに思い起こさせてくれる。依頼を受けて撮影することやスタジオで撮影することがほとんどないフリードマンの作品は、ストリートに飛び出し、どんな場所でもインスピレーションが得られるならば出向き、それを独自の感性で最大限に表現することの重要性を再認識させてくれる。フリードマンの作品は、研ぎすまされた生々しさをたたえているのだ。
ハードコアな表現においては、曖昧さや暗示というものはない。そのものずばりの姿が目前に表れるだけだ。それは真の姿を捉えたものであり、被写体にとっての何かが表現されているものだ。過ちをおかしたならば、それに対する代償は支払われるべきものである。ハードコアとは、現実逃避癖と見解を越えた理想との対決なのだ。また、自分が信じていることをあきらめないことでもあり、フリードマンにとっては自分自身をあきらめないという意味でもある。自分のキャラクターが永続されることを知ったならば、落ち込むことはない。たとえ、そのことを知った20秒後でも、20年後でもそれは変わらない意識だ。これが、フリードマンの被写体が作品を通して、今日まで我々に投げ掛けているハードコアのエッセンスだ。また、フリードマンが被写体を正確に映し出しているか、もしくはその逆であるかは依然としてディスカッションの深遠なテーマである。
我々が確信しているのは2つの事実だ。一つはフリードマン自身が被写体に自分自身を完全に委ねていることだ。最近のインタビューで彼は私にこのように語っている。「俺は今日でもなく、明日でもなく、その瞬間にいるんだ。長年、こういうスタンスで生きているよ」。もう一つは、抑圧を伴う確立した規定、また、文化的、政治的、そして、経済的な弊害をもたらす規律に対して「ふざけるな!」と声を上げている被写体をフリードマンがヒーローと見なしていることだ。このような反逆者は、皮肉屋ではなく、むしろ、よりよい世界が構築されることをあなたよりも信じているのだ。だからこそ、彼らが戦いを臨んでいるのであり、またこれこそが彼らの表現手段だ。彼らの決心は揺らぐことはなく、確固たる姿勢で貫かれるのだ。
今回刊行された『My Rules』は、あの時代の再体験を促すものだけではなく、「ふざんけんなよ」と叫んでいた被写体を捉えたアートワークと被写体が訴える究極の理想を賛美するものである。今日も、そして、明日もフリードマンはラディカルであることと、ラディカルな行動を起こすことの必要性を促し、新作『My Rules』では我々の今後のクリエイションとカルチャー的な産物に刺激をもたらす、過去と現在を結ぶ仲介役としてのフリードマンの役割が強調されている。フリードマンは、彼の写真において決定的な瞬間を捉えているとともに、カルチャーに対して、また私たちひとり一人に対してこのようなタフな質問を投げかけている。「一体全体あんたは何をやったんだい?」

『My Rules』は、バーニング・フラッグ・プレスとリッツォーリ社により刊行され、世界各国で購入可。
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