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石川直樹、カヌーの源となる森を探して

古来、南太平洋では星などを利用して自らの位置と進むべき方角を導き出すナビゲーションシステムが確立されていた。伝統航海術、あるいはスターナビゲーションと呼ばれるその叡智は、口承によって今でもミクロネシアの離島などで受け継が […]

08/31/2010

古来、南太平洋では星などを利用して自らの位置と進むべき方角を導き出すナビゲーションシステムが確立されていた。伝統航海術、あるいはスターナビゲーションと呼ばれるその叡智は、口承によって今でもミクロネシアの離島などで受け継がれている。海図もコンパスも用いず、カヌーに乗ってまだ見ぬ島を目指して海へ出て行った人類の旅路に関するフィールドワークは、僕のライフワークでもある。
人々を島へと導いたカヌーは、巨木がなければ作ることはできなかった。その木は豊かな森がなければ生まれない。森には雨が必要だ。雨は土壌に吸収され、川となって海へ向かい、海は島と島をを繋ぐ架け橋となる。その海へとカヌーは漕ぎだし、やがて最後には、再び森へと帰っていく。
以前は深い森が南太平洋の島々を覆い、カヌーを作るための巨木には事欠かなかった。しかし、乱伐によって島の森は激減し、現在では巨大な流木が漂着したときにのみ、カヌー作りをするという島も増えている。森の減少は、カヌー作りの伝統や技術の継承をも困難にしていた。
渡海の原点ともいえる森を自分の目で確かめてみたいという思いは、島々で航海術のフィールドワークをすればするほど強くなる一方だった。ハワイとニュージーランドとイースター島を繋ぐ“ポリネシアトライアングル”と呼ばれる海域では、数家族を乗せて移住できるほどの大型カヌーが10世紀ごろから建造されている。現在の観光地化された島には見る影もないが、以前はそのようなカヌーを作るのに十分な樹木が育っていたということを古いカヌーが証明している。
カヌーの源となる森を探して島々を旅し、最後に自分が行き着いたのが、ポリネシアトライアングルの南端、ニュージーランド北島の原生林だった。カヌーの原材料となった樹木が育ち、島の木を使って現在もカヌー作りが行われているのは、ポリネシア全域を見渡しても、ニュージーランド最北部にパッチワークのように残っている原生林しかない。そして、これらの森は決して隔絶されたものではなく、航海者でもある先住民マオリの生活と密接に関係しながら、聖地として今もあり続けていた。
北島の森へと入っていくと、自分がどこにいるのか、どこへ向かっているのかわからなくなるような感覚に襲われる。『The Void』という言葉には、「空間「無限」「すき間」といった意味があるが、まさにこの森はVoidそのものだった。そこを入り口にしてどこへでも伝っていけるような一種のエアポケットとしての森。数千年の年月が宿る森のその先には、見えない島々の過去と未来や、それを繋ぐカヌー、そして広大な海がいつも存在している。
森から海へ、そして海から森へ、その循環の一瞬に自分は今、生きている。
協力:ニュージーランド観光局 www.newzealand.com
Special thanks: Tourism New Zealand
 
石川直樹 Naoki Ishikawa
1977年東京生まれ。写真家。東京藝術大学大学院博士課程修了。人類学、民俗学などの領域に関心をもち、行為の経験としての移動、旅などをテーマに作品を発表しつづけている。写真集 『NEW DIMENSION』、『POLAR』にて、講談社出版文化賞、日本写真協会新人賞を受賞。その他著書に『 THE VOID』(ニーハイメディア)『VERNACULAR』(赤々舎)、 『Mt.FUJI』(リトルモア)などがある。ヒマラヤ取材を含む農業体験をまとめた新刊 『種を播く人』(集英社)は近日発売。瀬戸内芸術祭(女木島)にて島をテーマにした新作を発表。
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