Connect
with Us
Thank you!

PAPERSKYの最新のストーリーやプロダクト、イベントの情報をダイジェストでお届けします。
ニュースレターの登録はこちらから!

パタゴニア、エル・ボルソンの陶芸

雄大な自然に囲まれたアルゼンチン南部パタゴニア地方の街、エル・ボルソン。ここは放浪の末にヒッピーたちが辿り着き、定住したといわれる小さな街だ。自給自足の暮らしを営むコミューンを訪ね、この地で作陶に励む陶芸家たちに出会った […]

01/14/2014

雄大な自然に囲まれたアルゼンチン南部パタゴニア地方の街、エル・ボルソン。ここは放浪の末にヒッピーたちが辿り着き、定住したといわれる小さな街だ。自給自足の暮らしを営むコミューンを訪ね、この地で作陶に励む陶芸家たちに出会った。
強烈な青の釉薬が印象的な器を眺めながら、日本から移民した陶芸家は、この地で作陶をはじめ完璧な窯にたどり着くまでの苦労を話してくれた。試行錯誤の過程で何度も窯を潰したそうだ。これまでにつくった窯の数は8つ。書籍や過去の日本での記憶を手がかりに、すべてを自らの手で作りあげた。彼の大規模な窯は適温になるまで30時間以上、焼きに最大2日間を要する。パタゴニア地方へ移住したトキオと妻のトキコは、陶芸との出会いを思いだすと、懐かしさと喜びがこみあげてくるという。
ふたりの家にはつねに陶芸家の友人や知人でにぎわっている−彼らはこの夫妻同様、大胆な試行錯誤をとおして、ミネラル、粘土と炎の神秘的な世界を日々探求している。釉薬の色を研究するため、各自の農地から採取した植物や石を熱心にすり潰し、窯の世話をする傍ら、おしゃべりをしながら長い夜を過ごし、辛抱強く結果を待つ。そしてまた、そのプロセスを繰り返す。
彼らが暮らすエル・ボルソンは、西パタゴニア地方の北部、アンデス山脈の麓に位置する。「Comarca del paralelo 42º 」(南緯42度線の州)と呼ばれる地域で、リオネグロ州とチュブ州を分かつ南緯42度線上にある。この地に最初に定住したのは、ヒッピーたちだった。1979年のことだった。当時、ブロードウェイ・ミュージカル『ヘアー』に出演していたアルゼンチンのキャストが、人気のない鮮やかな青色の湖の近くに住まいを建てたのが始まりだったという。最初のコミューンが定住して以来、エル・ボルソンは老若男女にとってほかでは実現できない夢を叶える場所となった。
1988年には南米初の生態系保護区に指定され、今日にいたるまで、国内唯一の「反原発都市」の異名を誇っている。変化しつづけるエル・ボルソンの活気に満ちたコミュニティーは、大都市からやってきた移民、もともとこの地域で暮らしていた原住民、世界中からやってきた旅人(なかには地球外からやってきたと主張する者もいる)などで形成されている。彼らはそれぞれ、持続可能な農業、代替医療や反権威主義の宗教などに情熱を注ぐ。農業をしながら、陶芸など生活に関わるものづくりに関わり、雄大な自然のなかで慎ましやかに暮らしている。
そんなエル・ボルソンも、毎年、夏になると観光的なにぎわいを見せる。小さな町とはいえ、周囲50km圏内では最も栄えた町の中心なのだ。夏の間、エル・ボルソンのメイン広場では、週に2日フェアが開催され、そこには周辺地域の職人たちが、自作の品々を売りにやってくる。また、アマチュアサーカス師から、旅するアクセサリー売り、ヒーラーやオーラが読めるという者まで、この地を訪れた風変わりな旅人たちが、それぞれの特技を披露し観光客を楽しませている。エル・ボルソンは、息を呑むような自然の景観と、アート、工芸、信仰、政治が有機的な形で融合する、不思議な場所なのである。
しかし、この地に陶芸という工芸が根づいた理由は何だったのだろう…? 1万年もの歳月をかけて自然発酵した地下に眠る氷成粘土の鉱脈が存在するからだろうか(実際、この地では軽く地面を掘るだけで、陶芸に適した粘土が手に入る)。あるいは、ここ50年で変化した定住者に起因しているのかもしれない。持続可能な生きかたを求め、国中からやってきた若者、夢想家、職人が、無駄をつくらない自然の循環に寄り添い、天然素材からなる陶芸という工芸に出会い、その価値を見出したからなのだろうか…。
理由はともかく、陶芸はその美しさのなかに表現される、価値観や信仰、また、身体とその生物としての要求、感情や感覚と結びつきやすい。職人たちのひとつひとつの細かな動作や、窯で焼くときの火の変化や加減のすべてが陶器に刻みこまれていく。同じ粘土層の数平方メートル内でも、場所によって腐敗した植物の割合、地下水や石の有無、そのほか無数の要因によって、粘土の状態は異なり、それによって陶器の仕上がりはまったく異なるものになる。また、元素の扱いかたによっても大きく変化する。水と火は陶芸においてきわめて重要な要素である。ふたつの要素は、陶器の表面にはっきりと跡を残すうえ、仕上がりを正確に予測することが難しい。最終的にできあがったものは陶工が加えた小さな変化や下した決断、人間の手の届かない領域でのさまざまな力のせめぎ合い(と同時にそれは人間も包含している。陶器は陶芸家なしでは存在し得ない)をすべて内包している。
さまざまな要素があってこそ、陶芸は思想、人、地形の対話に触れる恰好の場となり得る。工芸という名の知恵とアクティビズムの熱意が出会うエル・ボルソンで、さまざまな思想や関係性が大変特徴的で美しい工芸品を生みだしているのだ。
 
Photography & Text: Mercedes Villalba
This story originally appeared in PAPERSKY’s ARGENTINA | ART Issue (no.43)