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ニッポンの魅力再発見の旅 上五島

九州本土の西端、長崎港からさらに西へ100km。大小140あまりの島々が連なる五島列島にたどり着く。島の総数としてはその約半分を占めるのが、列島の北側に位置する新上五島町。離島が育んだカルチャーとグルメ、神秘の歴史に会い […]

12/17/2018

九州本土の西端、長崎港からさらに西へ100km。大小140あまりの島々が連なる五島列島にたどり着く。島の総数としてはその約半分を占めるのが、列島の北側に位置する新上五島町。離島が育んだカルチャーとグルメ、神秘の歴史に会いに行く。
深いエメラルドグリーンの入り江は、海の底が見えるほど澄んでいて、愛らしくてカラフルな魚の群れが泳いでいた。振り返ると小高い丘があり、上方からその集落全体を見守るように、静謐さを漂わせる教会が佇んでいる。7つの有人島と60もの無人島から成る新上五島町を旅していると、そんな光景にあちらこちらで出逢った。人口は2万人足らずだが、町内には29の教会が点在し、社寺仏閣の数はそれを遥かに上回る。「祈りの島」とも呼ばれる由縁だ。対照的だったのは、寺や神社は散策していてもほとんど目にしないのに、教会はあまりに目立った場所にあること。禁教令が解かれ、潜伏キリシタンだった当時の人々の、堂々と信仰を掲げて生きられることへのよろこびが、そこに現れている気がした。
島を縦断するメインロード沿いには、湖とも大河ともつかない水辺の景色が延々と続いているが、実はそれらはすべて海。あざやかな緑にすっぽり包まれた対岸の山々とのコントラストが、独特な風情を織りなす。「いまはマグロとかの養殖が盛んだけど、一昔前は何艘もの巻き網船団が小さな港にずらりと並んでいてねぇ。遠洋漁業は北海道まで行ったり。いまこの辺りで民宿してるのは、もとはみんな網元だったのよ」と教えてくれたのは、老舗民宿「えび屋」の女将。宿の夕食は食べきれないほどの豪華な海の幸が刺身や煮つけやから揚げに。さらには五島牛のすき焼き、椿油を練り込んだコシのある細麺が特徴的な五島うどんも。うどんは上五島の一大産業で、町内に20数か所の製麺所、つまりうどんメーカーがあるそうだ。その起源は、遣唐使船の寄港地だったころに大陸から伝わったとか、蒙古襲来の折に捕虜となったモンゴル人から教わったとか、倭寇の活動拠点だった時代に中国の貿易商が教授したなど諸説あるが、いずれにせよこの地が日本最西端の要衝だった史実を窺わせる。そんな背景と、島の特産である椿が調和した五島うどん、なかなかの美味だった。
島の玄関口でもある有川港は、かつて捕鯨で栄えていた。江戸から明治にかけ有川鯨組という驚異的な捕獲数を誇った捕鯨船団がいたそうで、いまも鯨にまつわる神社や祭りがある。その有川周辺には、これからの上五島のカルチャーに期待を持たせてくれる店があった。「カトーコーヒー」が島にもたらしたのは、新しいカフェシーン。ロゴ入りテイクアウトカップを片手に、子どもから年長者まで気軽に自家焙煎の本格コーヒーを街中や店内で楽しめるのは、いままでになかったアーバンな光景だ。旅のブレイクにもつい立ち寄りたくなる。「はまぐりデッキ」は蛤浜という美しい海水浴場にある、海の家の進化形。この綺麗な海を年中楽しんでほしいと、海底まで透けるクリアシーカヤックなどのアクティビティに加え、海カフェ、バーベキュースペースを併設し、ビーチヨガなどの催しも。このロケーションでのカフェ飯やビールは、心身に染みそうだ。地産の鮮魚や肉を、関西で修業した大将が料理する「和処よかよ」は開店して3年だが、味も雰囲気もすっかり老舗の食事処。初来店なのにどこか懐かしさを感じさせるのは、きっとお店の人が温かく迎えてくれるからだろう。
世界的にも稀な2世紀以上に及ぶ禁教時代が終わった後も、独自に発展した「隠れキリシタン」の信仰を受け継ぐ集落が、上五島にひとつだけある。幸運にもその桐地区で代々神父役を務めてきた9代目、坂井好弘さんにお話を伺うことができた。「誰も住んどらんこの地区に、深浦家という我々の先祖が上陸して、耕し、海を埋め立て、集落をつくったとですたい」。以来、外部に信仰を悟られぬよう、親族で婚姻関係を結び集落を守る時代があったこと。400年前から信者さえも生涯目にできないマリア像を3体、場所を変えつつ隠し続けていること。クリスマスや復活祭など年に3回だけ、闇夜に教会替わりである深浦家(ふつうの日本家屋)に信者が集い、代々受け継ぐ小箱に隠されたキリスト像に静かな祈り「オラショ」を捧げること。貴重な話が淡々と語られていく。40年ほど前、来日したローマ法王は7代目の深浦家当主に、もう隠れる必要はない、教会に復帰しなさい、と促したそうだ。当主はキリスト教の最高位聖職者にこう言った。「それはできない。厳しい弾圧に耐えた先祖の思いを、私たちも守り抜きたい」。法王は彼らを正統なキリスト教徒と認め、自らのロザリオを託したという。しかし“隠す”という本来の役目はもう終わっているから、布教活動もしないし、教会に行く者を止めもしないし、このまま信者が減って消えるならそれでもいいと坂井さんは言う。「だけど私たちだけは絶対、この信仰をやめることはないんです」。先細るものを無理に拡大するのは、人の欲が生む卑しさなのかもしれない。西端の島で、世界遺産とおなじくらい素晴らしいと思える400年前の人々が抱いていたであろう日本人の誇りを、確かに見つけた気がした。
 
PAPERSKY Tour de Nippon in 長崎五島(2019.3.23-24開催)
www.papersky.jp/tour/
2019年最初のツール・ド・ニッポンは、青く澄んだ海に大小の島々が浮かぶ上五島を旅します。1日目は船に乗って、島の入り江をクルージング。隠れキリシタンの人々が迫害から逃れるため身を隠した「キリシタン洞窟」などを巡ります。夜は地元の海の幸と人情が味わえる民宿に一泊。2日目は町内に点在する教会と集落を訪ねながら、長閑な島の風景と暮らしを感じるサイクリングへ。海と山のコントラストが美しい上五島へ一緒に出かけましょう。
» PAPERSKY #58 NEW MEXICO|Outdoor Beauty Issue