日々の暮らしに山岳アートを

先日、自身の展覧会の会場でこんなことを話してくれる方がいた。「この絵がリビングにあったら、毎朝大好きな景色を眺められますね」 その絵は朝焼けに染まり始めた燕岳を淡彩で描いたもので、自分にはめずらしくA2ほどの大きな画用紙 […]

12/16/2019

先日、自身の展覧会の会場でこんなことを話してくれる方がいた。「この絵がリビングにあったら、毎朝大好きな景色を眺められますね」
その絵は朝焼けに染まり始めた燕岳を淡彩で描いたもので、自分にはめずらしくA2ほどの大きな画用紙に描いた一枚だった。額に入れると結構な大きさになり、なるほど、まるで額が小窓のようで、その向こうに燕岳の風景が広がっているようにも見える。
山の楽しみ方はさまざまだ。実際に山に行くのはもちろん、山岳書籍を読んだり愛用の山道具をメンテナンスしたりすることだって山の楽しみ方のひとつだろう。なかでも、山岳アートを自宅に飾ることは、ちょっと乙な楽しみ方だ。
先日、近くの美術館で行われていた『杉山修 山の木版画展』を訪れた。杉山氏は登山のなかでモチーフを探し、下書き、彫り、摺りまでの工程をすべて自身で施し、複雑な多色擦り木版画で四季折々の山岳風景を表現している。多いものでは10版40色以上というから、その膨大な作業と緻密さに驚かされる。国内はもとよりヨーロッパアルプスやヒマラヤを画題にした作品、雪山登山がモチーフの作品も多い。
会場を行ったり来たりしていると、額なしで販売されている木版画を見つけた。そのなかの『谷あいの村グリンデルワルド』という作品に目が止まった。夏のスイス、グリンデルワルドを描いたさわやかな版画である。描かれた山はアイガーだろう。以前、この村のキャンプ場に滞在しながら登山をしたり絵を描いたりしたことがあったので、そのときの光景が思い出されると同時に、この一枚が新しい旅へと誘ってくれるような気がした。けれど、自分は極貧の身、まさか版画作品を買って帰る心の準備はできていない。喫茶室でコーヒーを飲みながらも、その一枚のことが頭から離れなかった。美術作品との出会いは直感だ。その機会を逃すと次はない。
偶然にも、その数日後に知人からもらった額がぴったり合った。『谷あいの村グリンデルワルド』は自宅のリビングに飾っている。ポストカードや印刷物でもいいけれど、やっぱりオリジナルを飾りたい。本物には作者の魂が直接息づいている。この一枚を眺めながら、来年の山旅に思いを馳せるこのごろである。