アーティストがもつ、社会を「別の面から見る」力

かつては「芸術の都パリ」だと呼ばれたし、「コンテンポラリー・アートの中心地はニューヨーク」だってのもよく聞くところ。いまも昔も、欧米がアートのメインストリームであることはまちがいないし、これからも当分それは変わらないだろ […]

12/18/2013

かつては「芸術の都パリ」だと呼ばれたし、「コンテンポラリー・アートの中心地はニューヨーク」だってのもよく聞くところ。いまも昔も、欧米がアートのメインストリームであることはまちがいないし、これからも当分それは変わらないだろう。市場という一種の資本主義的原理を中心にアートを見るとき、そのイニシアティブをつねに経済的に豊かな者が取るのは当然のことだ。では、拙速な経済政策から2001年の暮れに対外債務の返済不履行宣言をして経済破綻した国ならば、アートもまた不調に喘いでいるのだろうか?
「アート写真は簡単に売れないし、大きなギャラリーはどんどん苦しくなっているよ」。アトリエの前に持ちだした椅子に座りながら、写真家イグナシオ・パローディはやはりその厳しい現状を語る……はずなのに、彼の顔はなんだか晴れ晴れとして楽しそうなのだ。彼がアルゼンチンのアーティストたちを本人のアトリエで撮影するプロジェクトを始めて5年。その写真を見せながら、彼は「アルゼンチンのアートシーンはいま、すごくいい時期を迎えている」と確信をもって語る。「もちろんこの国のアートは、世界から見ればローカルでしかないし、マーケットは冷えこんでいるよ。でも、逆にいえば、コマーシャルな状況が活発でないってことは、自由に活動できるってことさ。この10年の間に、大手ギャラリーが影響力をなくしていった一方で、小さくインディペンデントなギャラリーがたくさんできたことがそれを象徴している。大きいギャラリーは面倒なルールがたくさんあるし、所属できるアーティストも少ないからね。とくに若い世代のアーティストはそんなルールから離れて、新しい考えかた、表現のしかたをもっていて、とても元気なんだ」。
社会のシステムが破綻を迎えるということは、既成の権力構造が崩壊するということだ。それはある面から見れば無論、悲劇だが、別の面から見ればまったく違う様相を見せる。そして、ものごとを「別の面から見る」ことにかけては誰にも負けないのがアーティストという人種なのだ。それも、固定観念に縛られない若い世代ならなおさらのこと。
「お金がないから、スタジオもなければマテリアルもない。頼れるものがないから、想像力で補う必要がある。つまり、クリエイティブになるしかない。写真家だって、いまはただ写真を撮っているだけではダメだってことにみんな気づいてきて、活動のしかたを模索している。おもしろくなってきているよ」
イグナシオ自身、写真家としての活動の傍ら、アートブックを閲覧できる私設の小さな「図書館」スペースをもったり、個人でカセットレーベルを運営したりと、カテゴリーの枠を超えた自由な活動をおこなっている。「時間はあるし、家賃も安いからね」と彼は笑う。
「教育も変わっている。アートスクールの授業よりも、参加型のワークショップが若い人たちの間で盛んになってるんだ。学校みたいに先生が生徒に一方的に教えるんじゃなく、実際に自分の展示をやったり、本をつくったり、話しあったり。それぞれの知識や経験、アイデアをもった人たちが集まって、自然発生的なコミュニケーションが生まれてるよ」
経済破綻後、変動相場制を導入したアルゼンチンは、少しずつではあるが、復興の道を歩んでいる。取材中、ちょうどブエノスアイレスの現代美術館でおこなわれていた草間彌生の展覧会には、つめかけた観客で連日長蛇の列をつくっていた。聞けば、これまでにない事態なのだという。その観客の大部分は、これまでアートに特別関心をもっていなかったような「ふつうの人たち」だ。生活基盤に手痛いダメージを受けたこの国の人々はいま、アーティストのもつ「別の面から見る」力、想像力の重要性に気がつきはじめているのかもしれない。無邪気に列をなす彼らの顔は、イグナシオと同じくらい、晴れ晴れとしていたものだった。
 
This story originally appeared in PAPERSKY’s ARGENTINA | ART Issue (no.43)
 
Photo 1:
ニコラ・コンスタンティーノ Nicola Constantino
1964年、ロザリオ市生まれ、ブエノスアイレス在住。コンセプチュアル・アーティストであり、パフォーマー、フォトグラファー。2013年、ベネツィア・ビエンナーレでアルゼンチンの代表に選出された。
www.nicolacostantino.com.ar
Photo 2:
ニコラス・サルミエント Nicolás Sarmiento
数年前に小さな町マルコス・パスからブエノスアイレスに移住してきた、若手のアーティスト。実験的なペインティング、インスタレーションとミックス・メディアによる作品を制作している。
vaivensi.tumblr.com
Photo 3:
ポーラ・ドゥロ Paula Duró
ペインターであり、Pedro Canaleとの音楽プロジェクトも手がける。イメージと音楽をとおしてラテンアメリカ人のアイデンティティを模索している。
www.flickr.com/photos/doriduro
Photo 4:
セバステイァン・ラヘラ Sebastián Lahera
1980年、ブエノスアイレス生まれ。活版印刷やサインペインティングなど、一般的な技術を再生させた作品を制作するビジュアル・アーティスト。ほかのアーティストのプロジェクトを手がける小さな出版社を運営中。
www.sebastianlahera.com
Photo 5:
マックス・ゴメス・カヌレ Max Gómez Canle
ブエノスアイレス生まれ。フランドル伝統絵画にインスパイアされた風景画に幾何学的な形態を組み合わせた幻想的な風景画を描く。
www.flickr.com/photos/maxgomezcanle